「伊豆フィルを聴いて」
〜伊豆フィル定期演奏会を聴いて〜  ◆青木 敏幸さん(伊東市在住 会社員)

 
私が転勤で東京から伊東に引っ越してきたのは、今から9年前になります。その時から伊豆フィルの演奏を毎年聴かせていただいていますが、アマチュアオーケストラといえどもその奏ででる音の質が年々着実に上がってきていることを感じ、本当に感動しています。
 12月4日に第33回定期演奏会を聴きました。シベリウスのヴァイオリン協奏曲は私の大好きな曲の一つですが、今までCDでしか聴いたことがなかったので生の演奏の迫力にはさすがに圧倒されてしまいました。特に第3楽章の最初の盛り上がりの部分では、思わず鳥肌が立ってしまいました。
 私には音楽のセンスはありませんが、西本さんのヴァイオリンには知らず知らずの内に引き込まれてしまう独特の魅力を感じました。又聴ける機会があったらすばらしいと思います。
 今回の定期演奏会の感想としてお願いがあります。協奏曲は、3楽章、交響曲はほぼ4楽章から構成されているので、拍手するのは最後まで待ってお願いしたいと思いました。そしてわがままついでに個人的なリクエストをさせて下さい。是非いつか伊豆フィルでラフマニノフの交響曲か、ピアノコンチェルトを聴いてみたいと思いますのでよろしくお願いします。


           〜伊豆の広場 2014.1.22(日)掲載〜

 「一人の努力が演奏完成に貢献」
〜一人はみんなのために、みんなは一人のために〜   ◆相田 美奈子さん(藤沢市在住)

 6月5日、伊豆フィルの定期演奏会を鑑賞した。普段からクラシック音楽に詳しいわけではないので、素人なりに感じたことを書こうと思う。
 普段の私にとってのクラシック音楽はBGMとして「なんとなく聴くもの」だ。ところが実際に生のオーケストラを目の当たりにすると、耳はもちろん目も楽しませてくれることに驚く。キラキラと輝く楽器、一人一人の演奏者の表情、指揮者の激しい動き。どれもCDで聴くだけでは分からない。鳴っていない楽器の演奏者もみんな真剣に楽譜を追い、自分の出番に備えて集中している。フルートが構える様子を見て「あ、フルートがくるぞ!」と分かる。指揮者の腕の振りを見て曲の盛り上がりが予感できる。そして改めて、一つの音楽がたくさんの役割によって成り立っていることが分かる。一人一人が自分のベストを尽くし最高の演奏をする。でもそれは個人の完成のためではなく全体の完成のためだ。まさに一人はみんなのために、みんなは一人のために、だ。
 今回の演奏会は、東北地震の復興支援のために行われた。今、日本はオーケストラと同じだ。私達一人一人が全体のために、また全体は一人のためにベストを尽くすことが求められている。素晴らしい演奏に感動するとともに、そんな思いを強くした演奏会だった。

                 〜伊豆の広場 2011.6掲載〜

 「伊東でしか味わえぬ、演奏会」 
〜第29回伊豆フィル定演に寄せて〜   ◆松永 貞一さん(東京都 医師)

 杉谷昭子がベートーヴェンの皇帝を弾くというので伊東まで出かけた。CDは勿論、実演だって東京に居れば幾らでも聞く機会のある曲を、何故、わざわざそんな田舎町まで行くのだ?と、問われれば、普通は、その通りとこたえざるを得ないだろう。しかし、普通では無い人間が弾くとなれば、普通で無い行動をとらざるを得ない。
 はっきり言って、杉谷昭子は普通のピアニストではない。彼女の演奏の素晴らしさは、昨年の「レコード芸術」誌9月号の読者投書箱に、「フルヴェン、カザルス、カラス、ショウコ」という題で書いた。彼女の魅力は、天馬空を行くが如き自由闊達さと力強さの中に時に、非常に抒情的なフレーズが煌くところだ。日本、いや世界にあまた居るピアニストの中でもこれだけのピアノを聞かせる人間はそうは居ない。
 だが、資本主義の世の中、真実がいつでも幅を利かす訳では無い。芸術の世界でも、音楽産業の波に乗らなければ、どんな名人といえどもオーケストラをバックに皇帝を弾くなんてことは、そうは簡単な話ではないのだろう。杉谷が、どのサイドの音楽家かは知らない。しかし、彼女のソロコンサートはあまた聞いた僕も彼女のコンチェルトを聞いたことは無い。ならば、伊東だろうと地獄だろうと、行くしか無いではないか!
 彼女の皇帝は、昨年、平成21年12月13日の第29回伊豆フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会の中で演奏された。それは期待を裏切らない演奏であり、コンサートであった
その予兆は、当日の会場である伊東市観光会館の前に着いた時点ですでにあった。開場1時間前に会場の前にあった10mくらいの列が、開演30分前の開場時間には会場トグロを巻きにしていた。温泉地といえど12月の寒気の中に、聴衆の熱気がしっかりと感じ取れた。
 会場は満員。その中ではじまったスッペの「詩人と農夫」は、演奏技量の良し悪しを超えてアマチュア・オーケストラの真摯さが心を打つ演奏であった。2曲目が、お目当ての「皇帝」。勿論、杉谷のスタインウエーは第一楽章から輝き、第二楽章のアダージョでは、精神的安寧と祈りの歌が聞かれた。この時の杉谷の横顔が、かつて見たことが無い浄化された表情に見えたのは僕の幻想だったのだろうか?
 皇帝のあと、「エリーゼのために」が弾かれた。音楽好きなら一度は自分で奏でたことがあるこの易しい曲を、敢えてアンコールに選んだ杉谷の心意気や如何に!プロはこの平易な曲をこのように弾くのか!と、頭から水をかけられたような衝撃の体験であった。技術的に易しい易しくないというレヴェルを超えた音楽性の違いを、いやというほど痛感させられた。
 皇帝の全3楽章を通して伊豆フィルは力演だった。これには、指揮者の田久保裕一氏の尽力と実力が大きく寄与した結果であろう。とてもアマチュアの集団とは思えなかった。また、それは、休憩後のミヨーの「屋根の上の牛」で遺憾なく発揮された。まさか、こんなアヴァンギャルドな曲を、実演で「堪能」できるとは夢にも思わなかった。すべての調が長・短で総出演という、奇妙だがノスタルジックなこの曲を、伊豆フィルはあたかも通俗名曲の一つであるかのように演奏してしまった。聴衆は十分、この曲の魅力を感じ堪能したことであろう。最後のチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」で、演奏者も聴衆も心が天国に向かったところで演奏会は幕を閉じた。
 東京の自宅に戻り、「わざわざ伊東まで行った価値があった?」と家人が聞いた。「うん、伊東でしか味わえぬ、伊東でこその、最高の演奏会だった。」と、僕は短く答えた。

                 〜伊豆の広場 2010.2掲載〜
 
 「はじめてのファミリーコンサートにいったよ」
〜はじめてのファミリーコンサート〜   ◆土屋野明〈つちやのあ〉さん(伊東西小2年)

 今日、伊豆フィルで「はじめてのファミリーコンサート」にいきました。かいじょうにいったら、ぶたいにバイオリン、チェロ、大だいこ、ふえ、ピアノ、トランペットがいーぱいならんでいました。ばあちゃんとじーじといっしょにきて、まん中のせきにすわったら、くらくなって、がっきをならす人たちがきて、しきしゃが、がっきの名前をせつ明をした後、一ばんさいしょのきょくは、3きょくレンチャンしらないきょくだったから、こっくりねてしまいました。そのうちの、「トトロだよ!!」とばあちゃんにおこされた、はっとしながらぶたいをみると、トトロのきょくのじゅんびをしていました。トトロのきょくのじゅんびがおわると、「では、はじまります。『さんぽ』!!」と声がして曲がながれると、あまりにもいい音だったので、むねにひびいて、うたいはじめてしまいました。
 まるで、体の「ち」が、うたって「はっけっきゅう」がシンバルをならして、「きん肉」がトランペットをふいているようでした。さいごの一きょくは、みんなで「ふるさと」というきょくをうたいました。たのしかったです。

                 〜伊豆の広場 2009.8掲載〜
 
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伊豆フィルは、音楽を愛する心と“わくわくする心”を持ち続け、常に新しいよろこびを求める愛と調和を奏でることにより、伊豆を中心として地域文化の発展に寄与する事を目的としてます。

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