wakuwaku新聞第1号より

記念すべき第1号です。平成6年(1994年)6月19日発行。発行責任者は、鈴木順子さんでした。
下記の内容他、分奏予定表やら、理事会報告、演奏委員会のお知らせ、お願いなど、盛りだくさんの内容の新聞でした。
【創刊に寄せて  代表 外岡協子】

 
満開の桜の時、第一回の演奏会を迎えましたのに、いつのまにか紫陽花の美しい季節になってしまいました。
 その間、「育てる会」の方々は、資金集めに、あちらこちらとまわって下さり、本当にありがたいことと感謝しております。
 私達、伊豆フィルも皆でより良いハーモニーを奏でられるよう、少しでも活動しやすいようにと、組織化を図り色々スタートし始めました。その中で各々の方が、何らかの形で役割分担しながら参加して頂けたらと願っております。
 先ずこの機関誌♪♪伊豆フィルニュースWakuWaku♪♪ これは、全員練習が月1回ですので、お知らせなども徹底できなかったり・・・ですので、アンサンブルをより一層よくするためにもと、発行することになりました。又伊豆フィルに対するご意見や雑感などによって団員同士のコミュニケーションの場となれたら素晴らしいと思います。

【輝く未来と共に!  指揮者 山本郁夫】

 不思議なもので、伊豆フィルの皆さんと知り合ってまだ半年あまり。もう随分昔からのお付き合いかと錯覚してしまうほどです。そこには何かワクワクした、ある初恋の時のような甘酸っぱい思いを感じるのは、僕だけではないと思いますが、ちょっとしたはずみに知り合って、泣いたり笑ったり、大人も子供も一つになって時と空間を共有できるとは、とても素晴らしいことです。
 まさに、その新鮮な出会いは豊かな響きを生み、美しい心の声を語り合う場所でもあるのです。その思いを生かすために、先ず一人一人が可能な限り努力をして、自由に音を表現することの出来る技術を磨く必要があります。
 それはもちろん時間をかけて、良いお手本の元に培っていって欲しいものです。インスタントに出来上がるものでは決してありません。皆さんには本物をやっていただきたいのです。
 ピアノのシュタルクマン(注1)をお聞きになった方は実感なさったはずです。良いものは良い。美しいものは美しい。ごくあたりまえのことなのですが、ふと忘れがちになっているようです。
 あと、恥をかくこともお勧めします。心の耳と書くでしょ♪♪ そのことで、はたと自分に気がつくことがあるのです。信じる自分が自信となり、自分の音をいたわることによって相手の音も聞こえてくるのです。オーケストラの喜びをこうして一緒に分かち合ってゆきたいものですね。
 伊豆フィルの輝く未来と共に!

(注1  ロシア出身のピアニストで、東京でのリサイタルの後、伊東で伊豆フィルを応援するリサイタルを開く。)
 
【はじめまして!   コンサートマスター 岡田光樹】

 はじめまして。このたびお手伝いをさせて頂くことになりました「岡田光樹」です。
 このオーケストラに加わるきっかけというのは、半年ほど前に網屋さんと話をしていた折に「伊東にこのようなオケが出来たので又いつか手伝ってくれないか」「また機会があれば」という具合で僕自身はエキストラでのお話と思っていてそのときはそれだけだったのですが、5月に入って網屋さんから、留学が決まったので代わりのコンマスとして来てくれないかと言われ、経験も浅いけれども僕でお役にたてるのであれば、ということでお引き受けさせて頂いた次第です。
 「外岡先生」もおっしゃっている"わくわくするこころをわすれずに"をモットーに頑張っていきたいと思っていますので宜しくお願い致します。
 
【シュタルクマン旋風おこる   副代表 齊藤真知子】

 時は5月27日午後7時、新宿の厚生年金会館で、順子さんと私はコンサートの始まるのを今か今かと待っていた。
 やがてベートーヴェンのソナタ「月光」の第1楽章が流れ出すと隣の順子さんは「ハー」と小さなため息をついて胸を押さえ、3楽章ではなぜか私の目から涙がこぼれ出る。一曲弾き終えた拍手の中で順子さんは、「私達、すごいことをしてしまったかもしれない」と私の方を見て興奮して言う。
 そのとき既に、シュタルクマン教授を伊豆フィルに迎え、公開レッスン、プライベートレッスン、そしてサロンコンサートの手はずを整えていたのだが、一曲聞き終っただけで、私達には、伊東での成功が確信された。ついにアンコール曲「剣の舞」が演奏されたとき、聴衆の熱狂も頂点に達し、私達は、こんなに素晴らしい方を伊東に迎えるのだという幸福感に酔いしれていた。
 伊東での演奏会も「素晴らしい」の一言であった。単に技術のみでなく、深い音楽性と包み込むように温かな音色。ピアノがこんなにも素敵な楽器だったなんて・・・、と改めて感じさせてくれた一晩だった。
 今回聴き逃してしまった人に朗報。来年の10月、教授がサントリーホールでリサイタルをするかもしれません。また伊東に来て下さると良いですね。
 シュタルクマン教授を伊東に迎えるにあたってお力添えを頂いた指揮者の山本さん、ソプラノの渡辺さんにお礼を申し上げます。
 
【響   副代表 牛久保宏】

 私が書道家「駒井鷲静(こまい がせい)先生」のお名前をお聞きしたのは、山本先生が伊東に来られるようになってから一、二回目の頃です。
 日本の伝統芸術に目を向けることにより、「日本文化の根底にある美意識」を表現することの出来る指揮者を目指すべく、山本先生が駒井先生、陶芸家白石先生にその教えを受けているとのことでした。
 初の演奏会を盛り上げるマスコミ対策として、伊豆新聞に「伊豆フィルハーモニー演奏会に寄せてという企画で寄稿頂いたので、皆さんも駒井先生についてご存知のことと思います。
 その駒井先生が体調を崩され残念ながら四月三日の演奏会を聴いて頂くことが出来ませんでしたが、私達伊豆フィルに書作「響」を寄贈して下さることになりました。
 山本先生が指揮棒を振っているようにも見えるし、ヴァイオリニストが弾き終った瞬間弓を高く振り上げているようにも見えますが、何とも言えぬヒビキを醸し出しています。
 このような大書作を頂いたお礼に十月二日の練習日に伊東へお招きし贈呈式を行いたいと考えています。しかし、何にも況して駒井先生のお礼としては、伊豆フィルが音楽を愛する心を持ち続け、常に新しい喜びを求め、愛(フィル)と調和(ハーモニー)を奏でることであろうと思います。願わくは地域文化の発展に寄与することが出来たらと思います。
   ・現在の保管場所は牛久保宅です。ご自由に見に来て下さい。
   ・今後の展示場所については皆様のご意見をお待ちしております。
(編集者注  現在は、伊東市役所中二階に展示。伊豆フィル第二回定期演奏会のチラシに使用。)
 
【育てる会の皆さん!資金集めありがとうございます。】

 「伊豆フィルを育てる会」の存在を知らない団員の方もいると思いますので、ご紹介させて頂くと共に、皆さんにもご協力をお願いしたいと思います。
 「育てる会」は金銭面で伊豆フィルを全面的に応援する会でありまして、会長には、商工会議所会頭(当時)の山田恒夫さんにお願い致しました。
 現在、資金集めに企業廻りをしているとのこと、ありがとうございます。
 「育てる会」には会費と設立資金の2種類あります。会費には、個人と法人があり、年間1口以上個人3,000円、法人10,000円で会員になります。特典として、個人の場合チケット代の25%引き、法人の場合は各演奏会ごとにチケット1枚差し上げます。設立資金は本年度のみの寄付です。
 団員の皆さんも、家族、親戚、勤務先での勧誘を宜しくお願い致します。
 
【伊豆信用金庫さんと大和館さんに感謝致します】

 今年になって、練習会場が伊豆信用金庫6F会議室になりました。これは、伊豆信用金庫さんのご厚意により、無料で使用させて頂くことになったからです。
 金銭面で苦しい伊豆フィルにとっては、願ってもないことなので、皆さんに知って頂き、この場を借りてお礼申し上げたいと思います。
 また、会場に置いてあるピアノですが、実は伊豆フィルがこの会場を使い始める前に大和館さんに売却されていましたが、大和館さんのご厚意により当分の間、伊豆フィルに貸して下さるそうです。改めて大和館さんもお礼申し上げます。
 
【東フィル!裾野での演奏会で、伊豆フィルのシンバル・トライアングルが鳴る。   チェロ 齊藤大】

 東フィルの加藤さんにお願いしてあった、シンバル、タンバリンとトライアングルが、加藤さんの「顔」で格安の値段で手に入りました。しかも、シンバルとトライアングルは、私達家族が聴きに行った東フィルの裾野の演奏会で、東フィルの手で実際に「モルダウ」の中で使われていました。いい音でした。東フィルの音?伊豆フィルの音?
 それにしても加藤さんの演奏はみものでした
 「運命」の第4楽章で一定のリズムを3分ほどかけてクレッシェンドしてゆく所などさすがでした。「お目々がハートになっちゃった」という佐々木さんの言葉が頷けます。
 私達のためにわざわざ予定を変更して出演し、また、伊豆フィルの楽器を使うという粋なはからいをして下さった加藤さんに感謝!

 wakuwaku新聞第2号より

平成6年(1994年)7月31日発行
伊豆フィルのアドバイザーを快く引き受けて下さった中川さんからの原稿です。
【アドバイザー   NHKアナウンサー 中川洋一】

  皆さん、こんにちは。このたびは思わぬご縁でアドバイザーをさせていただくことになりました。これまで、たくさんのオーケストラの演奏会を客席で楽しんできましたが、設立第1回の定期演奏会を聴かせていただいたのは今回が初めてです。
 新しいオーケストラの誕生の瞬間は、人の誕生の時と同じように感動的ですね。すくすくと育つようにがんばりましょう。
 オーケストラは、恵まれた環境が整わないと演奏できない、とても贅沢な芸術活動で、一千席のホールで開く演奏会は、お客様・楽員・スタッフなど千二百人近くの人々が、音楽のために一定の時間とお金を消費しようという合意をすることで成り立ちますよね。大勢の人々が一つの目的のために集まるシンフォニー・コンサートは、人間の行為の中で最も美しいものの一つだと思います。今「伊豆フィルを育てる会」や団の皆さんが、支援グループを作るために大変な努力をなさっていると伺いました。オーケストラが順調に活動を続けてゆくためには、大きな鑑賞団体を作ったり、強力な経済支援組織を作るなどの条件を整えてゆかなければなりません。そうした課題をクリアし続けることで、初めて「ここに伊豆フィルあり!」という確かな存在になることができます。支援の輪がさらに広がるように、地域社会としっかり手を結び合ってゆきましょう。
 第1回定期演奏会のあとのパーティーには伊豆フィルへ厚い信頼を寄せる、幅広い層の方々が集まって下さいました。伊東市がオーケストラ都市となった喜びにあふれた顔、顔、顔。それを拝見して、「うん、これはきっとうまくゆく」と確信しました。

 wakuwaku新聞第3号より

平成6年(1994年)9月18日発行
伊豆フィルの最初の指揮者山本郁夫先生の文章が載りました。初めての合宿が終わっての感想です。
 
【指揮者   山本郁夫】

 1993年8月のある晴れた日、指揮者と名乗る一青年が知らない土地にやって来たのが始まりです。まるで少年少女のような目をした4人の万年青年?!が、このちょっぴり風変わりなアーティストと街のフランス料理店で交わりました。そしてオーケストラという名の家族が生まれたのです。
 あれから一年、たくさんのすてきな仲間が初めて一昼夜を共に過ごす日がきました。まるで修学旅行気分、大きな部屋がいっぱいあって、ゴロ寝のフトンがひきつめてあり、べつの場所では臨時飲み屋がオープンしていたり。
 練習もさることながら、それよりもあの宴会が・・・。なんと申しましょうか、要するに、お祭り人間が多いんですよ、テレビ局からまわされたような司会者がいたり、全員が目の色を変えて景品に殺到させて楽しんでいる夫婦がいたり(ビバ・ビンゴ!!)月に数度、顔をあわせていても気づかない、また違った才能の数々を発見したのです。
 さて、もしもこれから、ちょっぴり辛い出来事に合ったとしても、あの時の温かい仲間の顔を思い出して下さい。ときに、涙があふれそうになっても、いつの間にか優しい、あの時のほほえみが皆さんを包みこんでくれるでしょう。
 たった二日間の想い出ですが、心の奥に大切にしまっておいてときおりそれをひきだしから取り出してながめて下さいね。すてきな時間をつくって下さり、どうもありがとうございました。

【合宿に参加した人たちのひとこと】

『仲戸川チーム』
 ・簡単だと思ってタンバリンを選んでみたけど、難しかった。(稲葉典子)
 ・はりきって歌って、のどがイタイ・・・。(高野由美)
 ・20年ぶりのフルート音がでない。(佐藤雅実)
 ・ドレミの歌のソロをしましたが、どんなでした?(石井清之)
 ・初めてのヴァイオリンの「ド」の音が出た時は感激!!でした。(齊藤真知子)
 ・思ったより大変でした。(北沢知子)
 ・歌詞をわすれないでよかったな・・・と!でも楽しかった。(鈴木順子)
 ・山本さんの踊りをマスターするのはとても大変でした。今までお話したことのない皆さんと仲よくなれてよかったです。練習もとても熱が入り楽しかった。ドラマが作れそうですね。(田代守義)
 ・どうぞお幸せに!(手塚里巳)

『上田チーム』
 ・珍しいパフォーマンスで面白かった。(笹島有奈)
 ・パーカッションの上田さんらしいアイディア、最高でした!!(尾崎温子)
 ・「ドレミの歌」より打楽器の方がうけましたね。又、やりましょう!(丸山哲史)
 ・人間打楽器気持ち良かったです。次は伊豆フィルの全員でやりましょう(上田小百合)
 ・簡単なアイディアでも真剣にやるとおもしろかったです。楽しめました。(石川治)
 ・新しいアイディアで感動しました。職場での宴会芸に使いたいと思います。(島田晴夫)
 ・ドラ息子の私を「ドラ」にさせたサユリさんの眼力におどろきました。(ドラマチック!)(菅原雅和)
 ・途中で宇佐美に出迎えに行ったりして練習不足でご免なさい、脚本、演出、山本さんご苦労様でした。(齊藤大)
 
 wakuwaku新聞第4号より

平成6年(1994年)10月2日発行
【近況報告   チェロトレーナー 金子行江】

 伊豆フィルの皆様、お元気でいらっしゃいますか。はやいもので、沖縄で暮らすようになってから2ヶ月半になります。1ヶ月に1度は、東京に帰ってきて伊豆フィルに出席しているでの、皆さんにはあまり実感がないのではないかと思いますが。(この二重生活?が、いつまでつづけられるのか多少不安はありますが、できるかぎりがんばりますのでよろしくお願いします。)
 沖縄は、那覇市の首里という所に住んでいます。あの有名な首里城がある所です。那覇市は、案外と知られていないのですが、世界一人口密度の高い都市で(ちなみに2位は、ホンコンです)特に首里は、古い建物が多く色々なものが、ごちゃごちゃとひしめきあっています。ですがなぜか、東京と違い、非常に人々がのんびりとしていて、時間の流れがとてもゆっくりと、感じられるのが不思議です。
 沖縄時間というものがあります。例えば、1時に集合というと12時半から1時半までの間という前後30分の誤差を含んでいるのです。こういう所がのんびりしている原因の1つかもしれません。今、学校ではレッスンとオーケストラ、室内楽をやっています。東京に居た時との一番の違いは、とにかくチェロを死ぬほど練習できることです。へたをすると学校で夜中までもさらうことが出来、他にすることがないのでとにかくさらっています。こういう環境にはとてもあこがれていたので、本当にうれしいです。秋には、少しはこちらもすごしやすくなりますので、是非皆様も遊びにいらして下さいね。お待ちしております。

【オーケストラの財政   伊豆フィルアドヴァイザー 中川洋一】

 オーケストラの演奏会は、いつ聴いても魂を揺さぶられる思いがする。オーケストラは、人々に深い感動や生きている喜びを与える仕事だ。しかし、その運営は難しく、財政事情は厳しい。職業オーケストラの経営には一体どれくらいの経費がかかるのだろうか。手許にあるいろいろな資料や情報を総合すると次のような数字が浮かび上がってくる。日本には「N響」をはじめ「アンサンブル金沢」など大小の職業オーケストラが二十数団体あるが、その年間の経費を平均し、それを4管編成(100人)に換算してみる。そうすると、100人編成のプロのオーケストラの財政規模は、収入・支出ともに10億円/年という計算になる。その内訳を調べると、そこにはむずかしい問題がひそんでいることがわかる。職業オーケストラは一年中忙しい。しかし、演奏活動によって得られる収入は、年間必要経費の半分、5億円に過ぎない。したがって、プロのオーケストラを新しく作ることは、財政論から見る限り、永遠の赤字団体を作ることに外ならない。
 こうした財政構造は、基本的には日本もアメリカもヨーロッパも同じことである。では、残りの半分の赤字は誰がどう埋めているのだろうか。国によってその方式にちがいがある。ドイツ(旧西独地域)では、主として国と地方自治体が助成金を出している。アメリカでは、個人や企業からの寄付金、財団などからの援助で賄われている。日本は、その両者の折衷方式である。
 このような、それぞれの国による財政構造のちがいは、オーケストラ成立の歴史と深く関係している。昔のドイツでは、オーケストラは王侯貴族の庇護のもと、城の中で演奏を行っていた。現在は、貴族に代わって国や自治体がその財政運営に大きくかかわっている。アメリカでは、オーケストラやオペラはベンチャー・ビジネスと見なされていた時代があったが、いまはメセナがしっかり定着している。
 さて、アマチュア・オーケストラの財政はどう考えたらよいのだろうか。アマチュアの場合は、活動に必要な経費はメンバーが自分たちで出し合うという了解があり、財政問題は基本的には存在しないはずである。しかし、現実に活動を始めると、相当な額の「立ち上がり資金」や運営資金が必要となる。
 さらに「練習だけの仲良しクラブ」にとどまらず、定期演奏会などの公開の発表の場を持つとなると、規模の大きなオーケストラはにわかに社会的な存在となる。公開の演奏会は、楽員と聴衆がお互いの存在を認めあい、音楽の感動を共有する場であるからだ。
 社会的な存在としてのオーケストラにとって、計画的な財政運営・きちんとした財務管理は大事な課題の一つだ。それらを円滑に運ぶには、いま伊豆フィルが進めているように、@オーケストラ本体(事務局を含む)、A鑑賞団体、B経済支援組織、以上の三者が手を携えて協力しあうことが必要だ。
 この三者『オーケストラ・トライアングル』は、オーケストラの存在に欠かせない生命線である。私たち関係者の間でオーケストラ活動への十分な情熱が燃え続け、質の高い演奏が続く限り、この三者は良い関係で響きあうことだろう。まず、聴き手の心を動かす素晴らしい演奏をすることだ。団の内側にくすぶりこもるような音楽ではなく、圧倒的に豊かな響きで聴き手に迫る音楽をしよう。いつも「火の玉」になって演奏しよう。
 考えて見ると、オーケストラというのは誠に不思議な存在だ。まず、鑑賞者が居なければ成り立たない。多少の経済負担を背負っても地域に受け入れようという、成熟した鑑賞者の層があること。そして勿論聴き手の層があること。それらを束ねる人がいること。そうしたさまざまな条件が満たされて、オーケストラは実現する。オーケストラがある町、オーケストラ都市というのは、なんと誇らしいものか。
 
【入団作戦   ファゴット 諸星広治】

 ある日、街角で1枚のポスターに目が止まった。『何?オーケストラが伊東にある!』私は早る気持ちを抑えて、妻をどう説得しようか作戦を考えてみた。そこで第1段階から第5段階にわたるそれらを立案した。
 まずは、「"演奏会に家族でいってみる"作戦」とした。これは妻が1曲も聴けなかったのでほとんど空振りに終わったが、かまわず次の「"アンケートでの入団希望打診"作戦」を住所と電話番号をしっかり書いて出す。この次からが大変で、第3段階が「"機会があったらオーケストラをみてみたい"根回し作戦」・・・、第4段階が伊豆フィルからの電話を受けての「"できれば、ちょっと見てきたい.軽い気持ちでOKしてよ!"作戦」・・・、そして最後が正念場の「"やっぱりオケをやりたい!何とかウンと言ってくれ"大作戦」である。
 家族の触れ合い、家族の時間を大切に考える妻は予想どおり大反対の嵐を風速52m/sぐらいで吹かせたが、私の作戦が良かったのか?・・・妻が少しあきらめたのか?・・・はたまた、私の行状が思った程悪くないのか、よく解らないが、最近は、何ともよく認めてくれる様になってきた。家族を持つとは大変な事である。・・・再び音楽に会う事をあきらめていた私に、今、偶然にも伊豆フィルという場を与えて下さった神に感謝せずには居られません。この幸せを生かし、皆さんと素晴らしい音楽と場を作り出して、そこで多くの人と喜びを楽しみ分かち合いたいと思っています。
 よろしくお願い致します。
 
【自己紹介   ヴァイオリン 石井清之】

 楽譜を担当している石井です。20年ほど何も楽器に触らない時期がありましたが、伊豆フィルのおかげで、再びヴァイオリンを弾くことになりました。我ながら、情けないほど弾けなくなっています。たまたまヴァイオリンパートは、人数がいるため、他の人の邪魔にならない程度の音を出すように心がけています。メンバーが揃ってくれば、松脂の代わりにスキーのワックスを弓に付けて音を出さないように弾かされるのではないかと、思っています。
 4月3日の第1回定期演奏会を、無事に終えて、ホッとしたのもつかの間、第2回目の演奏会が近づいてきました。私は練習不足のせいか未だに、全然弾けません。内心ではかなりアセッテいます。皆さんは、どんな調子ですか。
 ここで私のことを、ちょっとお知らせします。職業は橘建設という建設会社を経営しています。趣味は、エピネランの栽培、読書、(特に自然科学)スポーツでは剣道、山登り、スキーと多すぎて物に成っているものはひとつもありません。
 性格は楽天家のオッチョコチョイです。ページの抜けた楽譜や表と裏で上下逆さまになった楽譜も、時々配られることがあると思いますが、我慢して付き合って下さい。
 
 wakuwaku新聞第5号より

平成7年(1995年)11月5日発行
NHKチーフアナウンサーの中川さんが寄稿して下さいました。
音楽紀行と題して先ず「スイス・ジュネーブ」編です。お忙しい中ありがとうございました。
【NHKチーフアナウンサー 中川洋一】

 これまで五十年近く、国内・国外でたくさんの演奏会を聴いてきました。そのどれもが大事な思い出として心に刻みつけられています。演奏会の思い出は、私の人生の喜びそのものです。そうした記憶の中から、主として国外で聴いた演奏会の様子や、音楽の遺跡を訪ねた思い出を綴ってみます。

 スイスの第三の都市ジュネーブは、レマン湖の西端にひらけた街です。丘の上のコルナバン駅を出ると、はるか下のレマン湖まで、ゆるやかな下り坂の両側に清潔な町並みが広がっています。右手、街の南側には、神々しい純白の頂きを持ったアルプスの麗峰モンブランが、深い青空を切り裂くように稜線を広げています。この日は、四月にしては暖か過ぎるくらいのポカポカ陽気、一年分の花がいっぺんに開いたかと思えるほど、どの花壇も花でいっぱいでした。
 レマン湖に浮かぶ船上レストランでカミさんと昼食。メニューは白身魚のムニエルですが、卓上には塩・胡椒などと並んでキッコーマン醤油の小瓶があり、これで食べると、ムニエルがちょうど天ぷらのような感じになります。
 演奏会の開始は夜8時半。この夜は、遠征してきたスロバキア・フィルのコンサートです。友人夫妻とフォンデュで腹ごしらえのあと、会場のビクトリア・ホールの扉を押しました。
 まず目に飛び込んでくるのは舞台正面に据えられた壮麗なパイプオルガンです。そして客席真上の大天井にはフレスコ画。バルコニーや手すりには金色の装飾がほどこされ、床の赤い絨毯とよくマッチして、場内はさながら色彩のシンフォニーという感じです。
 満員の客席には年配の女性の姿が目立ちます。フォーマルな服装の人はほとんどいません。普段着にアクセサリーをちょっと着けた程度で、くつろいだ気分で仲間とのおしゃべりや音楽を楽しんでいます。
 リボール・ベセークの指揮で、最初のプログラムはメンデルスゾーンの組曲「真夏の夜の夢」。途中の「結婚行進曲」」では隣席のカミさんと思わずほほえみを交わしました。実はこのとき、私たち夫婦は新婚旅行中だったのです。2番目はモーツァルトのフルート協奏曲第2番(ソロはイレーナ・グラーフェンアウアー)、最後はムソルグスキーの「展覧会の絵」です。
 演奏会では、時たま、正規のプログラムを終わったあとのアンコールで名演・熱演が飛び出すことがありますが、このときもそうでした。ドボルザークのスラブ舞曲を2曲、楽員たちは髪を振り乱して演奏しました。客席も勿論熱狂の渦です。終演後も興奮さめやらず、私たちは2両連結の赤いトロリーバスをやり過ごし、夜の冷気を浴びながら、湖畔をゆっくり歩いて宿舎に戻りました。
 このジュネーブは、国連欧州本部やガット本部、国際労働機構(ILO)、世界保健機構(WHO)、国際赤十字委員会など、たくさんの国際機関の事務局が軒を連ねる国際政治の中枢都市で、NHKも支店を置いています。これら国際機関の建物は、どれも敷地をたっぷりとって緑の芝生に花壇を配し、静かで平和な表情を見せていますが、会議場の中では、厳しい国際間交渉が火花を散らすこともしばしばです。
 伊豆フィルも、いつかはここでコンサートを・・・、そんことを夢想するのも楽しいですね。その時にはキッコーマン醤油でレマン湖風の天ぷらを食べましょう。
 後日談になりますが、一昨年の3月、このスロバキア・フィルが静岡市に来演、ドボルザークの「新世界交響曲」で圧倒的な名演を聴かせました。鳴り止まぬ拍手の中で、驚いたことに、楽員の何人かが涙をぬぐっています。11年前のジュネーブでのアンコール、狂乱のスラブ舞曲の記憶が蘇ってきます。ドボルザークの音楽を聴くときに見せる、スロバキア・フィルの人たちのあの心の昂ぶり。それはきっと、兄弟国チェコの音楽に対する限りない共感と哀惜の気持ちの表れなのでしょう。
 聴き手の心に迫る演奏、それはしっかりした技術と豊かな音楽性に裏打ちされて実現するものですが、その二つに加えて、もう一つの「何か」が大事な要素であることを、スロバキア・フィルの演奏は示しています。
 
【Kさんを悼んで   代表 外岡協子】

 伊豆フィルの今までのアンケート総数226枚。その殆どが長文の励ましの文章で、郵送で送ってくださる方も何人もいらっしゃいました。その中でも、特に印象的だったのがKさんのアンケートでした。伊豆フィルの誕生をとても喜んでいらっしゃるということは、その後Kさんが伊豆新聞への投稿「伊豆フィルでしかできない企画」の中でも伊豆フィルのことを書いてくださったことからも伺われました。
 2回目のアンケートには、伊豆フィルがよりよく育つために色々なアドバイスが書かれていました。こんなに伊豆フィルを気に掛けていてくださるKさんはどんな方かしら、一度お目にかかってお話を伺いたいと思っておりましたのに、そのKさんが亡くなったということを、つい先日知りました。しかも生前最後に聴いた曲が「レクイエム」だったのです。奥様のお話では、その頃すでに入院で、お医者さまからは止められたにもかかわらず、どうしても行くときかないので、東京から息子さんを付き添いに呼び寄せたということです。伊豆フィルを誇りにしていたと奥様がおっしゃってくださいました。
 Kさんの今までのアンケート、それは伊豆フィルの成長を楽しみにしていてくださったKさんの遺言のような気がします。
 ここに三枚のアンケートの全文を掲げて、Kさんへの追悼としたいと思います。


『1回目のアンケート』
 大成功お目出とうございます。予想以上に弦がよかった。フルート(アルルの女)のソロも聞かせた。力強い一歩。予想以上の「High Level」のスタート。余り多くを拙急に望まず着実に一歩々々・・。Slow but Steadyに音楽のレベルUPとFUNSの開拓を進めよう。

『2回目のアンケート』
 (a)村田穂積−堂々たる世界レベルのソリストの演奏と感じた。オーケストラの協奏もOK。
 (b)「新世界より」とますます本格的な曲に挑戦。設立一年のアマチュアオケとは信じられぬ見事な演奏。
 (c)設立一年、今まで無我夢中で一気に上り坂をのぼった感じ。来年6月の演奏会以降どう上昇気流を維持するか?
 ◎伊豆フィルに期待すること
 (a)アマチュアである事を考えると定期演奏会は年3回(4ヶ月毎)ぐらいが量・質のバランス・WORKING LOAD等を考えると適当か(限界)?それにしても支持層を広げながらの中、長期の財政的基盤の強化策に取り組む要あろう。

『3回目のアンケート』
 荘厳な力強い入神の演奏・ハーモニー。山本先生指導の下、一年の成果は見事に開花。御成功お目出とう。混声合唱、男性、女性共に質もよくねられ、高音部、フォルテ見事に歌われていた。オーケストラは控えめにしかも力強く見事。感激!!
 2年の成長は見事。このペースで欲を出すと将来は分裂の危険あり。あくまでアマチュアオーケストラの限界を心得、息長く、地道なレベルアップ、質の向上を目指せ。


 この伊豆フィルへの思いは、Kさんだけでなく、今まで伊豆フィルを聴いてきださった方、応援してくださる多くの方々の共通の気持ちのような気がします。それを感じながら演奏できるわたしたちは、なんと幸せなことでしょう。と同時に、一歩一歩、歩むという気持ちを常に持ち続けねばと思います。
 
 wakuwaku新聞第6号より

平成7年(1995年)11月19日発行
【ファゴット 諸星広治】

 伊豆フィルのスタートダッシュは素晴らしいものです。3回目の演奏会でモーツァルトのレクイエムをやってしまう、その度胸と勢いは驚きと誇りに思います。いかに執行部の皆さんの苦労が大変だったかは、おそらく想像を絶するものがあるでしょう。
 しかし、この勢いはそう長続きするとは思えません。それは言わば『火事場の馬鹿力』とでも言うべき(失礼)に思える、このままこの勢いでいったらと想像すると、ただでは終わらないと感じます。この状態は決して悪いものではありません。ただ、この勢いが無くならないうちに何か『地に足のついた』活動、組織にしていく必要があると思います。
 何故、音楽をするのか?こんな時、こんな事を考えてみたら、その答えになりそうな言葉がありました。それは、伊豆フィルの「目的」です。
 「伊豆フィルは、音楽を愛する心と、云々・・・」そして、何故大変な思いをしてまで伊豆フィルを結成し、ここまでやってきているのか?その心はどこにあるのでしょうか?その熱い思いはなんでしょうか?こんな事を考えると伊豆フィルの原点がありそうな気がします。
 私にとって、とても大切に思う言葉があります。それは、私が中学3年生か高校1年生の時と思います。
 当時『オーケストラがやって来た』というテレビ番組が日曜日の朝にやっていました。ある日のエンディングシーンでウィーンフィルの弦楽4重奏がでている時に出た字幕で、彼らの言葉としてでていたものです。それは『私達の奏でる音楽を耳にした人が、そのことで喜びを感じるならばその事が私達の無上の喜びです。』でした。
 当時は格好よい言葉だという印象しかなかったのですが、今の私にとって、「芸術家としての自分」の基本的な姿勢を表す言葉として大切にしています。
 「2,000円を払って聴きにきて頂いた聴衆への責任」とは良い演奏を聴いてもらうことではないし、ましてや聴かす事でもないと思います。只々、この喜び、この楽しみを分かち合いたい。それも出来るだけ多くのオケの仲間や聴衆の皆さんとやりたい。私はそれだけです。
 楽団の運営には多大な労力と時間がかかります。『地に足のついた』活動、組織なんて言っても処理すべき問題や決めるべき事柄は海の真砂より多いぐらいで、運営を司る方々の苦労は計り知れないと思います。
 この難しい時期に一団員として出来る事はなんでしょうか。色々あるとは思います。しかし、結局のところ、まずは『自分(自分達)が音楽を楽しむ』事ではないでしょうか。演奏会を目前にした今、もう一度みんなで音楽を楽しむことから始めませんか・そうすれば、きっと素晴らしい演奏会が待っているような気がします。
 
【ヴァイオリン 武藤都喜子】

 昭和12年5月13日、英国のエリザベス女王の戴冠式がロンドンで栄華を極めてとり行われた。その席には、日本を代表して秩父宮殿下ご夫妻が参列されたが、戦前のことで、海軍の軍楽隊は、内藤浦五・軍楽隊長以下隊員50名が軍艦"足柄"に乗って参加した。
 そのメンバーに私の従兄(現在77才)も含まれていた。昭和14年、海軍から委託されて上野の音楽学校(現芸大)に入り弦楽をはじめ、和声楽、指揮法、そして管弦楽等を習って卒業したという。
 戦後はNHK管弦楽団に入って、コントラバスを弾く傍ら、作曲や指揮をやっていた。毎日、楽しい曲がラジオから流れて、作曲、編曲、指揮、○○○○と名前が電波にのらない日はないくらいであった。
 そんなことで、私がオーケストラに興味をもつのは自然のなりゆきであった。
 諏訪根自子のストラディバリウスの音色に魅せられて始めたヴァイオリンであったが、ソロをやるというのではなく、オーケストラのほうに興味があり、その楽しさを経験するに及んでは、もう忘れられないものとなり、スコアを片手に、せっせと写譜をしては練習に参加したあの頃を懐かしく思い出す。
 育児にかまけてしばらく楽器からはなれていたが、姑も見送り子育ても終わった今、夫からの許可も得て、ようやく若き日の夢を実現することが出来た。
 昼食後から、夕食の支度の時間までに帰宅出来るよう練習時間がセットされているのは主婦にとって好都合。縁の下の力持ちをやってくださる方々の熱意に感謝しつつ、練習日には休まず出席し、指揮者や指導の先生の注意をよく復習し、あとは練習の一語に尽きる。演奏会の日の達成感、これこそが若返りの薬、ボケ防止となっている。
 アンケートに書かれた大勢の方々からの励ましや感動の言葉を読むと、恥ずかしくもあり、"趣味でやっているアマチュアです。"といっても通用しない厳しい耳のある事に気付く。
 
【伊豆フィルは絆   伊豆フィルを育てる会会員 渡泰子】

 第4回の演奏会もいよいよ迫ってきた。
 私は今日、頼まれていたチケット3人分を、いそいで発送した。4人の予定であったが、ひとりが病気でとりやめになった。届け先は伊豆高原の「ゆうゆうの里」である。ここのコーラス部には何人か、伊豆フィルのファンが居る。
 昨年、伊豆フィル合唱団に入るまで、私もこのコーラス部に、約7年もお世話になった。やめた後も,数人の友との交流はつづいている。そういうわけで、前回レクイエムの時も、今回も私がチケットをとりまとめて、送ることにしているのである。
 つまり、伊豆フィルは私たちの友情をつなぐ、強い絆になっている云えるのだ。彼女たちは第2回の演奏会ではじめて伊豆フィルに出会い、すっかりファンになってしまった。
 指揮者の山本郁夫氏の気どらない明るさ、エネルギッシュな指揮ぶり。またいくどもアンコールに応えてくれた。ということなども彼女たちを魅了したらしい。
 第3回レクイエムが大成功のうちに終わり、興奮さめやらぬままに帰宅したら、すぐに電話があった。ゆうゆうの里の友人である。
 「すばらしかった!あんなに素敵な演奏は久しぶりだわ。ほんとに良かった!」と絶賛してくれた。
 このあと、すぐもう一人からもかかって来た。
 「コーラスも素晴らしかったけど、オーケストラも前回とは格段にちがうんですもの、感動しちゃったわ!」・・・観光会館を出ていつもなら駅までタクシーで行くのに、その夜は互いに感動を語り合うために、とうとうおしゃべりしながら歩いていったという。
 私は電話の興奮した声を聞きながら、胸があつくなっていた。
 こんなにも人の心をゆり動かし、人と人を結びつける音楽のふしぎな力・・・演奏する喜びもまた聴く以上に楽しいことを知った。
 その後、私は新たにテープを長野さんに作っていただき、ゆうゆうの里のコーラス部に贈った。部員の中にレクイエムを聴きにゆけず、とても残念がっている人があると聞いたので、せめてもの私の気持ちである。
 音楽を聴きに行きたくても、年ごとに足腰が弱ってきてとても出かけられないという人は、ここの部員にも多くなった。
 今回病気になったので行けないという友人から、便りがとどいた。
 「残念ですけれど、また来年の四月か五月ごろにはあるでしょうから、それを楽しみにしています。」と伊豆フィルファンは、もう来年をたのしんで期待しているのである。頑張ってほしい。
 まさに、伊豆フィルは私にとって、友情の絆になっているのであるから。
 
【第3回アンケートより】

■期待していた以上に良かった。子供の泣き声等気になった。オーボエの協奏曲!!!生を初めて聴きました。普段取り上げられることの少ない楽器も取り上げてください。
■楽しく聴けてる。伊東は田舎だと思っていたが、たいしたものです。人口7万人の町で立派です。ヨーロッパの小さな町にオペラハウスがあったりするのを羨ましく思ってましたが、日本の温泉町でこんな活動に出会えて感激です。それにしてもホールはひどい!ピアニッシモで空調がうなる。ロビーで煙草は吸う。道からの階段は急傾斜で、連れの年寄りは大苦労。人に不親切なホールの代表例。行政は何をしているのだ!。温泉町の文化の泉、頑張れ!
■音楽のことはよくわかんないけれども、ベルリンフィルよりも、何フィルよりも「伊豆フィル」が一番だ。美しい音色を聴かしてくれ。多くの町の人たちが鎮魂の歌を真剣に歌ってくれたからだ。
 「レクイエム 歌う顔顔紅潮し 大合唱は町に害けり」
■運営がスマートになったように感じました。これまでは何か、市民の手作りのという印象がありましたが、今日までの努力や、大変だったことや裏方さんの苦労さえも気付かないほどスムースな流れで"伊豆フィル"である事を忘れてしまうようでした。
 細かいことで申し訳ないのですが、開演前にメロディフェアーがながれることをとても気に入っているのですが、前は確かこの曲が流れている間に出演者の方々が入っていらしたと思います。それがとてもいいカンジで好きだったのですが今回は曲がとまってからの入場でした(レクイエムの時は曲が流れている間の入場でした。良かった!)
 入場の仕方が素人っぽいのもよかった。ほっとします。合唱が加わるとますます大きい感じがして聞き入ってしまいました。いとも山本氏の印象が強いように思うのですが、今日は他の皆さんのパワーの方がもっと強いように感じました。みなさまお疲れ様でした。
■毎回、構成や演出に工夫を凝らされていて本当に楽しませて頂いてます。音楽やましてクラシックを聞くチャンスが無い人たちに、少しずつでもクラシックを近付けて下さっているようで勉強になります。
 やはり地元の方が多く参加されていると会場が盛り上がりますネ。これからも頑張ってください。楽しみにしています。
■回を重ねるごとに素晴らしい演奏を聴かせて頂いてありがとうございます。この陰には大変な努力あったことと思います。ますますのご発展を期待いたします。そして、いつまでも伊豆のフィルでありますよう
■Very Good!の一言につきます。もっともっとモーツァルトをやって!特に「ジュピター」。それとワーグナーも聴かせてほしい。
■プログラムを見て、星印の小さなオーケストラのメンバーがたくさんいらっしゃるのにびっくりしました。これからも、楽しみにしています。頑張ってください。中3生の文が載っていましたが、こんな文がもう一つ二つあってもおもしろいと思いました。
 
 wakuwaku新聞第7号より

平成8年(1996年)4月21日発行
第5回定演の指揮をして下さった齋藤純一郎先生からの原稿です。ご縁とはいろいろなところから生まれるものです。
【頑張れ!伊豆フィル   指揮者 齋藤純一郎】

 僕の大学時代のアマチュアコーラスの仲間だった〈大ちゃん〉に再会したのは、卒業以来20年以上も経った仲間の集まりでだった。
 私が「志」をかえて音楽家になったことを彼はあまり知らないようだったし、僕は彼が伊東でガス屋さんをしていて、私の学んだ音楽学校の後輩のピアニストと幸せな結婚をしていることをはじめて知った。そこで名刺の交換をしたことが、今回の私と伊豆フィルとの出会いの発端の布石となったのです。
 私が日本人の音楽家としてもっとも尊敬している指揮者の故山田一雄先生が、私の師匠です。先生が1991年に亡くなる一年前の夏、宇佐美にある別荘にお招きをいただいて、屋上から伊東の夜の街の明かりと暗い海と満天の星を眺めながら・・・音楽を語り合う・・・一生涯忘れ得ぬ一夜を先生と過ごしたこと。翌日奥様の運転で「観光会館」の前を通り、城ヶ崎海岸をドライブして、「ボケ防止」のために日蓮ゆかりの蓮着寺にお参りしたこと。私がドイツから戻って間もない頃、家内の仕事で運転手をして、「観光会館」の前の「市民市場ふじいち」で取材し、ひもの特集の観光パンフレットをつくった事等、伊豆フィルとの不思議な縁を感じます。
 コンサートには山田先生の奥様も宇佐美から聴きにきてくださるとのこと。私達夫婦の兄貴分である、ヴィオラの佐賀さんも皆さんの仲間に入れていただいて一緒に音楽をしてくださる。伊豆フィルの皆さんも戸惑いながらも一生懸命に曲に取り組んでくださっている。僕自身は「君、まだまだだねえ」と叱られるのを覚悟で、今度の演奏を山田先生に捧げようと心密かに思っています。そして私にとっても《何か特別な演奏会》になるような気がしています。
 幅広い年齢層の老若男女が集まって協力しあい「おらが町」のオーケストラを育てていくこと、これこそ「フィルハーモニー」という言葉にふさわしいこと。伊豆には「温泉」だけではなく、素敵な「音楽の泉」もあったことが嬉しい。この伊豆フィルを、私が必要とされるなら、いつでもいつまでも長い眼で応援していこうと思っています。
 頑張れ、伊豆フィル!
 
【代表 外岡協子】

 新指揮者、齋藤先生をお迎えして、早、3ヶ月がすぎました。でも先生と直に接したのは、まだ20時間にも満たないのではないでしょうか。それなのに、もうすでに長年の知己の様な親しみを感じられますのは、先生の穏やかなお人柄のお陰であり、又、「音楽」の持つ不思議な力のためと思います。
 これまでに伊豆フィルは、初代の山本さん、トラヴィス先生、松沼さん、そして現在の齋藤先生と四人の指揮者のもとで、共に演奏する喜びを体験しております。オケの経験が浅い方にも、指揮者によって音楽の感じ方表現の仕方がこんなにも違うのかと、身をもって感じていらっしゃる事と思います。初めのうちは、戸惑いもありますが、新たな発見や驚きなど、それが又、たまらない魅力でもあるのです。いろいろなタイプの指揮者と限られた時間の中で、その指揮者の素晴らしい所を出来る限り吸収していける、そんなオケになれたらどんなに楽しいでしょう。
 齋藤先生は、いつも午前中に伊東に着かれ、昼食もされず、ずっとピアノを弾かれながらオケの練習に備えられているとの事、小耳にはさみました。本当にありがたいことです。
 私達も、わずかでも個々の練習時間を作り出せる様、毎日、努力してみませんか。折角のチャンスです。
 皆で頑張って齋藤先生の持っていらっしゃるあのおしゃれなセンスを伊豆フィルに、少しでも分けていただきましょう!!
 
 wakuwaku新聞第8号より

平成8年(1996年)5月18日発行
伊豆フィルの事務局長として様々な事務手続きを整え、また、HPの基礎を作って下さった故冨岡多恵子さんの文章です。在りし日の多恵子さんのチェロに賭ける情熱を感じる事ができます。改めてご冥福をお祈り致します。
【チェロ 冨岡多恵子】

 このところ、ほとんど毎週日曜日チェロをかかえて伊豆フィルに出かける。せっかくの休みだというのに。たまった仕事も家事もほうり出して。一体何に取りつかれてしっまたのだろう。
 もともと音楽は好きだったが、ピアノを少し弾くくらいで、弦楽器とは全く縁がなかった。それが伊豆フィルの第1演奏会を聴いて以来何がなんでもオーケストラの中でいっしょに音楽を作ってみたくなった。第1回の定演の詳細はもう覚えていないが、「演奏がすばらしかった」とうより、全員が楽しんで、和気あいあいとやっている様子が印象的だった。英語に"excited"という言葉があるが、まさにそれで、指揮者も楽器を弾く人も、まわりでそれを支えるスタッフも皆の心がウキウキわくわくしているのが感じられた。「トライアングルでもいいからやってみたい。」と思った。(トライアングルなら出来るような気がしたのだ・・・)
 トライアングルがチェロになったのは、「初心者で、スケールから練習しているグループがある。」と外岡さんから聞いたためである。いっしょに始める仲間がいれば、一人で始めるよりは楽しいに違いない・・・20年計画でやろうと思った。定年になって暇が出来たから、さあ何かを始めようとしても、それは遅い。今から始めておけば、そのころには音になっているかもしれない。
 家で練習を始めると、猫がまず逃げ出し、犬も、黙って2階に避難することが多い。一人で弾いていると本当にうんざりするような音だ。それが、練習に出かけてほかの楽器に囲まれると、不思議と私のチェロさえも音楽の一部になったような気がして実にいい気分で楽しい。単なる錯覚であることは間違いないが、その「錯覚」のために、まだまだ伊豆フィル通いが続きそうである。
 
 wakuwaku新聞第9号より

平成9年(1997年)2月23日発行
第6回・7回の定演を指揮して下さった田代詞生(たしろつぎお)先生がはじめて書いて下さった文章です。
【指揮者のお見合い   指揮者 田代詞生】

 トキに代表されるワシントン条約国際保護動物の絶滅や、パンダやゴリラなどの人工飼育による繁殖の難しさを語るときに問題になるのが"つがいの相性"です。雌雄ともに求愛の動作を行っても成就しないことが多いのです。
 音楽にも相性があります。しかも演奏家と作曲家の相性より演奏家同士の相性の方が難しいのです。いかなる名手が集まっても必ずしも名演奏になるとは限りません。
 指揮者と演奏家ではお互いの役割が違う故に、さらに相性が難しくなります。指揮者とオーケストラの相性などは、最初の数分間ではっきりすることが多いのです。ドイツのオーケストラを初めて指揮したときのことです・・・日本人にベートーヴェンがわかるのか!?と言った顔がずらり、私がドイツ語で挨拶をしてもまだニヤニヤ顔で、足を組んだりほうり出したり、でも私が第1楽章を振り出した途端に皆深く座り直し・・・その後は素晴らしい集中力で無事終えました。指揮者は毎日の様に新幹線や飛行機で移動しながら、いつもいつも異なるオーケストラとの『お見合い』の繰り返しです。一目惚れもあれば、どんなに長い時間を掛けても相性が合わないこともあります。
 伊豆フィルとの『お見合い』も印象深い一日でした。皆真剣な眼差しで一生懸命演奏してくれて、私は伊豆フィルの良い面、あるいは今後の課題点といった現状を様々感じながら、好感をもって過ごしたひとときでした。
 小・中・高校生の持つ"可能性の若さ"も伊豆フィルの楽しみな面のひとつですが、さらに素敵なのは"伊豆フィルを育てる会"の皆様の"手作りの応援"です。実際にステージで演奏する私達の何倍もの皆様に支えて頂いているからこそ、私達は安心して演奏に集中できるのです。このよろこびと感謝の気持ちを大切に私は、伊豆の皆様とより"こころ豊かな絆"が育まれることを願っております。
 
【第6回アンケートより   伊東市富戸 Hさん】

 ごく最近、一人息子を(50才)肺癌で急に亡くしました。遺児二人、(在米大学生一人、今年卒業一人)思いもよらぬ出来事で、ただただ呆然としている毎日でしたが、息子の大好きだったベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されるのを知り、思い切って出てまいりました。・・・略・・・今日出掛けてきて、本当に良かった。人生のあきらめもつきました。
 観光都市伊東が、こうした香り豊かな文化芸術がますます盛んになり、そして私どものような老いて精神的不幸に直面している人間に、元気を付けてくださること、有り難いことです。やはり、人の言葉より、音楽の力の大きさにいまさらながら敬服し、伊豆フィルの今後のご発展を念じております。本日は本当に元気を頂き、生きる元気が出ました。有り難う存じました。
 7番は、私事で、やはり息子の健在だったこと、一番好きな曲でありましたため、胸一杯、しかし、充実した素晴らしい音楽会でありました。
 クリスマスにちなみ、たいへん選曲もよろしく、エルガーの曲は不景気を吹き飛ばす勇ましさもあり、とてもたのしゅうございました。
 また、伊東では割合(全然?)入手できないようなチョコレート他楽しいものが販売され、私も思わず頂き、とても良いことだと思いました。
  ★演奏会は新聞やケーブルテレビで知りました。
 
 wakuwaku新聞第10号より

平成10年(1998年)6月15日発行
【定演の反省会より   冨岡多恵子】

 5月25日、午前中の総会に続いて1時から30分ほど、指揮者の田代先生も一緒に4月20日の第7回演奏会の反省をしました。田代先生から、練習によく出て来て、めざましく成長した団員の一人として、ホルンの津久井さんに拍手が送られました。野崎(トランペット)さんから「ブラームスは練習期間の短い今回の定演にやるには難しすぎた。もう少し選曲を早めに、慎重にしてはどうか」という意見。田代先生からは「今年の暮れに"第九"をやることが決まっていたので、そのための大事なステップとしてブラームスを選んだ。むずかしいのは承知の上だったが、"第九"のために学んだことは多かっただろう。これからの課題として、それぞれのパートを楽譜を見なくても弾けるような練習が必要だ。丸暗記ではなく、楽譜を思い浮かべられるような暗譜をすると、緊急事態が起こっても、うろたえずに対処できるようになり、自信も生まれてくるだろう。」とコメントをいただきました。
 
【トラヴィス先生近況   冨岡多恵子】

 名誉指揮者のフランシス・トラヴィス先生(スイス在住)が5月中旬に来日されました。六本木の国際文化会館でお話をうかがいました。今回は、新星日本交響楽団、アンサンブルオーケストラ金沢(6月14日)との演奏会の予定があり、6月17日にはブルガリアのソフィアでCD製作の予定とか。秋には南米のブエノスアイレス(アルゼンチン)、チェコ共和国のカールズバッドでの演奏会も予定されているとのことで、お元気で活躍されています。カールズバッドという小さな温泉町はドボルザークが「新世界から」をヨーロッパで初めて(アメリカでの初演に続いて)演奏した場所としても有名だそうで、先生は「新世界」とおっしゃる時に、「『私たちの』新世界」と格別の思いを込めておっしゃっていました。伊豆フィルの近況についても、前回の定演のことから、○○さんはどうしている?××さんは?と色々な方の消息まで、熱心に聞いていらっしゃいました。遠く離れていても、いつも伊豆フィルのことを考えていらっしゃるようです。
 個人的なことですが、チェロのパート譜を見てなかなか一人では数が数えられない悩みを打ち明けましたら、それは練習で、トラビス先生自身も毎朝20分間ほど、テンポを取りながら、色々なリズムを数える練習をなさっているそうです。少し勇気づけられたような気がします。
 
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伊豆フィルハーモニー管弦楽団


伊豆フィルは、音楽を愛する心と“わくわくする心”を持ち続け、常に新しいよろこびを求める愛と調和を奏でることにより、伊豆を中心として地域文化の発展に寄与する事を目的としてます。

ギャラリー

演奏会の記録

これまでの演奏会の詳細やポスターがご覧頂けます。

伊豆フィルのあゆみ

伊豆フィルの生い立ち、特徴等がご覧頂けます。

伊豆フィルニュース

伊豆フィルの団内報「WAKUWAKU」より、伊豆フィルの活動を抜粋して掲載する他、伊豆フィルに関する幅広い話題がご覧頂けます。

伊豆フィルを育てる会

伊豆フィルハーモニー管弦楽団を財政面で支援していく会のお知らせです。



















伊豆フィルニュース/wakuwaku新聞より



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