wakuwaku新聞第11号より

平成10年(1998年)7月27日発行。
【夢半分の幸せと苦労(ごあいさつにかえて)   村田稲造】

 おたまじゃくしも読めない人間がアドバイザーなどとなんでも横文字ばやりで、日本語本来の意味がみえにくいが、アドバイザーとは、助言者、忠告者のこと、伊豆フィルのお歴々に向かって私ごとぎがとんでもない身の程知らず。
 ところが、真知子先生が玄関に現れて、「アドバイザーをお願いしに参りました」と、観音様のような笑顔で言われると断ることも忘れて、意味不明のまま、天国へでも連れていかれる気分にさせられてしまうのだから、われながら不覚の至りだ。
 伊豆フィルも創立5年、8回公演はいよいよ第九、市制50周年記念行事と合体して大きな足場を築くことになる。ベートーヴェンの第1交響曲に始まって、新世界、モーツァルトのレクイエム、第7番、ブラームスの1番、そして第九という並々ならぬ段階を息つく間もなくかけ上がり、そのたびに成功し、市民の多くを着実に把握していったのは驚きである。
 いわゆる、地方アマチュアオーケストラというイメージを超えてしまった。まさに名実共に心臓楽団だ。
 毎回のプログラムを見るたびに、期待と不安とがうらはらになって、とてもスリリングだ。音楽がうまいのまずのとばかり言っていられるわけでなし、経営という問題がある。音楽面と経営面とがうまくくっついているなんてことは、今の不景気日本の中で至難の業である。伊豆フィルだけが順風満帆のわけがない。今まではそうだったとしても、これからは難所だらけだろう。
 しかし、プロの音楽家とちがって、夢半分だ。フィルハーモニーの名の通り、うまくやる心の知恵が第一だ。「もうくたびれちゃった。あの人変な人」なんて言わないことだ。ここでぐっちたら、伊豆フィルの名が泣くし、市民に合わせる顔がない。
 「さあ、これからだ。」もうすぐ、ベートーヴェンが恐い顔をして、伊東の突提から上陸してくる。
 
【アドバイザーの紹介】

 今年から、伊東にお住いの村田先生が新たにアドバイザーに加わってくださり、心強い限りです。村田先生は、第2回定期演奏会で、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトを弾いて下さった村田穂積さんの父君でもあります。アドバイザーの皆様、これからもよろしくお願いいたします。もう一度ここで、他のアドバイザーの方々を簡単にご紹介しましょう。

 ◆前田正治先生(オーボエ)
 オーボエの浅野さんの先生。伊豆フィルの最初の練習の日、誰が集まってくれるのかと、どきどきしていたその時、浅野さんを伴って現れてくださった救いの神のような方です。その後、第3回定演でモーツァルトのオーボエコンチェルトを独奏。
 ◆中川洋一さん
 伊豆フィルが誕生した時、NHK静岡のチーフアナウンサーの中川さんが取材に来てくださいました。伊豆フィルの雰囲気や町の人達の応援などが今までのオケにないことだと、大変好意的に扱ってくださいました。
 ◆加藤明廣さん
 創立指揮者の山本さんのご友人で、東京フィルハーモニー管弦楽団の首席ティンパニスト。今まで、団所有の大型楽器を買うときや、今回のティンパニーを買うに当たっても、いろいろアドバイスをいただきました。
 ◆近藤憲一さん
 副代表の牛久保さんの大学の後輩で、音楽之友社に長くお勤めだった方です。音楽界のことに詳しく、又、プログラムの音楽解説などでも色々お世話になっています。
 
【第九が1回公演になったいきさつ   第九実行委員長 田山正弘さん】

 Q: 年末の「第九コンサート」は、団員にとっては楽しみ(練習は苦しい?)なことなのですが、実行委員長としては、市、音楽連盟、そして伊豆フィルという3つの団体が行っていくものであるため、それぞれの考え方、思惑が違っていたりで苦労が多いのではありませんか?4月27日(日)の全体協議会でも色々と団員の意見が出されましたが、その後、1回公演と決定したいきさつは?

 A: 4月の全体協議会の後、その後の交渉は伊豆フィル内部の「第九委員会」に任されたわけですが、そこで以下の2案にまとめ「第九コンサート市民実行委員会」に持って行きました。
   @12月23日(火) 1回公演
   A4楽章だけを2時からやり、全楽章を同日夜に伊豆フィルの定演としてやる。(合唱団は2つに分け精鋭を夜の部に回す)

 そこで審議の結果、当初から1回公演を希望していた市の意見と、合唱団を分けたくないという合唱団の意見などから、@案に決まりました。合唱団にとっては、一緒にやってきた仲間を2つに分けるということに大きな抵抗感があり、音楽性を少々犠牲にしても、乗れるものであるなら、一緒にやりたいということでした。
 
【団員紹介】

 ◆中村亜希さん(ヴァイオリン)
≪年齢≫ 21歳
≪職業≫ 学生
≪趣味≫ スキー、紅茶収集
≪いつから楽器を始めましたか≫ 小学5年生から始めました。
≪伊豆フィルをいつ知りましたか≫ 第2回目演奏会に出させていただきました。
≪伊豆フィルの第一印象≫ 全体総会の迫力感から、一人一人が真剣に伊豆フィルの事を考えているのだなとすごく感じました。
≪個人練習はどのように調整していますか≫ できる限り1週間に1度は実家に戻ってきて集中的に練習しています。あとは、なるべく空いている時間に譜面を見たり、CDを聴いたりしています。
≪全体練習についてはいかがですか≫ 一人で弾くよりも数倍楽しいが、まだ自分自身弾けないところがあるため、そのたびにドキドキして楽しさが半減している。
≪自己PRをお願いします≫ しばらくの間、楽器を弾く機会がなかったため、今回再び伊豆フィルで演奏できることをとてもうれしく思っています。反面、まだまだ練習不足で、妙な緊張感を持ちながら、全体練習に参加しています。夏休み中になんとか克服して曲全体を楽しめたらどんなにいいだろうと感じています。

 ◆田中義信さん(ヴィオラ)
≪年齢≫ 23歳
≪職業≫ 小学校教員(宇佐美小学校勤務)
≪趣味≫ ルアー・フィッシング
≪いつから楽器を始めましたか≫ 大学に入ってから
≪伊豆フィルをいつ知りましたか≫ 伊東にきてポスターでブラ1をやるというのを見て
≪伊豆フィルの第一印象≫ 大人の雰囲気漂うオーケストラ
≪個人練習はどのように調整していますか≫ 周囲に迷惑をかけていると思いつつ、好き勝手にやっている
≪全体練習についてはいかがですか≫ 大勢であわせることが楽しいので大変とは感じません
≪普段はどのように過ごしていますか≫ 各地の友達巡りや授業の準備
≪自己PRをお願いします≫ 刀のかわりに弓を持つ現代の長州志士です。ビオラを愛するあまり、ビオラの知名度アップのため、子供たちに無理矢理ビオラを聴かせている無茶苦茶な人間です。どうぞよろしくお願いします。
 
【懐かしい報告】

 伊豆フィルのトレーナーをお願いしていた松沼さんが6月22日にご結婚なさいました。明るい、にぎやかな新婚家庭のことでしょう。末永くお幸せに。
 
【アンケートより】

◆モルダウの始めフルートの所、"川の始まり・・・"という感じがしてすごくよかったです。
◆私も一度でいいからオーケストラでやってみたい、コントラバスを多数の人と弾きたいと思いました。
◆演奏会前のプレコンサート。初めてでしたが楽しかったです。続けて下さい。
◆ブラームスは素晴らしかった。年々向上が見られて嬉しいです。
◆年に1回の演奏会で、じっくり練習して、エキストラなしでやってほしいと思います。
◆昨夜聴いたN響のブラームス1番と見劣りなく聴けました
◆指揮者の熱意が感じられました。
◆コンミスの体ごと表現している様子には、生徒達は圧倒されていました。
◆何か一言お話があると親しめるかなと思いました。
◆テレビで見るよりすごく迫力があって楽しかった。
◆弦楽器はここでしか聴けないので、新鮮でした。とてもよい演奏を聴けてよかったです。
◆第2楽章のコンミスさんのソロがとても感動的でした。
◆4楽章のトロンボーンばっちり聴きました。
◆モルダウの後半の盛り上がりは特に感動しました。
◆トランペットがめちゃめちゃうまくて素晴らしかった。
◆トライアングルが小さな楽器なのに、とても存在感があった。
◆まとまりがよくて、聴いてて気持ちよかったです。
◆素晴らしい選曲、心のこもった演奏、感動させられました。
◆地域に根差し、地域の人々に愛される演奏。これからもがんばって下さい。
◆久しぶりに、大好きなモルダウを聴きました。大きな川の流れが生き生きと表現され、弾けるようなティンパニーやシンバルを楽しみました。
◆演奏開始が遅れるようでは困ります。定刻には団員は着席してほしいです。
◆管楽器に進歩が見られました。
◆コンミスを特別扱いにするのは既成のオーケストラの権威主義の模倣なのでしょうか?
 
 wakuwaku新聞第12号より

平成10年(1998年)8月30日発行。
【バーベキュー報告   ヴァイオリン 石井清之】

 8月3日、外岡さんの新居の庭を借りてバーベキューをしました。
 外岡さんのお宅は、小室山の富士急の分譲地内の一角で2階からは、伊東市内が一望できる、素晴らしい景観の場所に建っています。庭も広く、自然の木々に囲まれた、閑静な別荘地です。
 当日は弦パートの分奏があり、弦の仲間は練習終了後の参加になったため、バーベキューの準備は、佐藤さん(トランペット)や菅原さん(トロンボーン)が、鉢巻き姿で頑張ってくれましたし、鈴木克政さん(コントラバス)も焼きそば屋を店開きして、新光組の代貸しとして十分に働いてくれて、市議会議員をさせておくにはもったいないとの評判でした。
 女性陣も、梅原ママ他、中村さん、鈴木さん、石井さん等、演奏会の伊豆フィルグッズの売り娘(?)達が多数応援してくれました!
 伊東在住以外のメンバーでは、出口さん(チェロ)、津久井さんママ(ヴァイオリン)が参加してくれましたし、新婚の山田さんもモーガンで駆けつけて来ました。
 参加人員は30人ほどで、11時ごろまで賑やかに、談笑してお開きになりました。が、「第九」のエネルギー補給に役立ったかどうか・・・?
 参加者の一人、ビオラの佐藤政美さんからも報告が来ています。外岡壮亮さん(チェロ)のかいがいしい働きぶりや、鈴木克政さんのおいしい物に対するこだわり方が印象に残ったそうです。
 「遠くから来ていたり、用事があって早く帰った方には申し訳ないのですが、食事の後、2階のベランダに出て、アイスクリームを食べながら見た、天の川や、流れ星がとても素晴らしかった。」と佐藤さんはおしゃっています。またこんな機会があったらいいですね。
 
 wakuwaku新聞第13号より

平成10年(1998年)11月16日発行。
【ハーモニー  第九合唱団 遠藤黎子】

 
ただただ第九が歌いたくて、シロウトだから苦労するのは承知の上で応募しました。とは云え、先生から、「一人のためにコーラスは、こわれるのです」と聞かされた時のショック!私はみなさんのために身を引くべきかと悩みました。
 しかし、一生に一度のチャンス、これを逃しては、もう永久に歌う事は出来ない、歌を忘れたカナリアになってしまいます。何事も挑戦!!頑張ってやろうと決意しました。
 後でわかったのですが、他の人は先生や、コーラスグループに所属している方ばかりで、何と図々しいと我ながらビックリしました。でも、少しずつ歌えるようになった時の歓喜は、言葉では言い表せない程、舞い上がった感じでした。本番が近付くに従って、ドキドキと胸が高なり、喜びより不安の方が大きいカナ?
 皆と励まし合いながら、ここまできた事に喜びを感じています。
 私は足が悪く、伊東に住んで十年になります。この頃お友達がほしいなと思っていたので、バザーに参加してコミュニケーションが出来、今まで知らなかった世界に飛び出した様な感動で一杯です。バザーを開くため、品物に値付けをしたり、おまんじゅう作り、豚汁の材料をきざんだりとても楽しい一時でした。沢山のお友達が出来、輪が広がった事がかげがえのない財産となりました。これも、結婚する時に、"一生お前の脚になる"と言ってくれ、三十一年間、嫌な顔一つしないで送り迎えをしてくれた(オノロケかな)主人に、感謝しながら二人三脚で、人生を頑張っています。皆さん、どうもありがとう!!今後ともよろしく・・・!

【友の会 齊藤みどり】

 「第九演奏会を成功させるバザー」の収益金は目標としていた百万円を上回り、約百五万円になりました。伊豆フィル友の会は過去三回バザーをやりましたが、百万円台に到達できたのは初めてです。今回これほどの大人数のバザーが成功できたのも葛川さんというバザー委員長のご力が得られた事、合唱の皆様が気持ち良く参加して下さったお陰と深く感謝しております。
  最初は友の会だけでやるともりでしたが、8月中旬には合唱団の人たちも協力して頂けることとなりました。すぐにバザー委員も決まり、バザー委員会が開かれ、私は伊豆フィルの立場でリードさせて頂くつもりでしたが、葛川さんの熱意に敬意を表してついて行くことにしました。有難い事に、合唱団の人達はとても熱心にバザーを考えて下さいました。アンケートを出すとほぼ4分の3の方が答えて下さり、洋裁の協力をお願いすれば、サッと6〜7人のプロみたいな人が集まり、布地の裁断から縫い方まで決めて下さったのです。10月中旬にはその全てが仕上がりました。スゴイことです。食料品も材料をお願いすると沢山の品物が集まり、みなさんからの有難い申し出に感動しました。この素早い反応は伊豆フィルの若い人達に欠けている点ではないでしょうか。新井幼稚園をお借りして、一千点以上の品物の値付け作業も済み、バザー前夜は12時すぎまで家族全員でゼリーを作りました。
 当日は、素晴らしい天気で9時に市役所に行くと、伊豆フィルの人達が荷物の搬入で追われていて、私は身が引き締まる思いでした。10時頃には品物がホールいっぱいに並び準備完了。11時前に開場したとたん、なんと五千人のお客様が来場され、三十分でほぼ売り切れました。
 お客様は見えるかしら、価格つけは甘かったか、残った品物は?食べ物は多過ぎないか・・・と当日二週間位前から何回も頭の中をよぎった不安があっという間に消え、後片付けが終わる頃には疲れがどっと出てきましたが、気分は晴ればれ。無事に終わりました。皆様本当にお疲れ様でした。
 合唱の方に「楽しかったわよ」と声を掛けられた時、やはり一緒にできて良かったと思いますし、オケと合唱の人達の第九への熱い思いをひしひしと感じられました。さあ、明日からは第九の合唱を丸暗記しなくては・・・、大変!!12月23日には素晴らしい第九が伊東の街に流れるように頑張りましょう。
 
【第九合唱団 海野千鶴子】

 さあ大変、豚汁、小麦まんじゅう、お汁粉狂奏曲の始まりです。各々三百食程用意するとの事。
 どうなります事やら。
 第一楽章は、材料の調達からまあその量のおびただしい事。
 第二楽章は、人の手配と下準備。オバタリアンパワーの発揮です。ここまでは順調。
 第三楽章、何台かの車に分乗して「池」に集合。小麦まんじゅうの先生に教えを乞うのです。やれば出来るじゃないですか、にぎやかな話し声と共に、ホッカホカのおまんじゅうや、細かに切られた野菜、真っ白な白玉団子が出来、お昼には各自持ち寄りの華やかな料理。ちょっとしたパーティー気分・・・。
 さあ〜、いよいよ第四楽章、バザー当日です。忙しい事この上なし、大勢のお客様の行列です。アッ!と言う間に品切。自分達の食べる分もありません。ありがとうございました。
 嬉しかった事。用意した物が全て売れた事。でもそれ以上に嬉しかった事は多くの方と心を合わせ一つの事を成し得た事。ベートーヴェン様のお引き合わせです。忙しかったけれど本当に楽しい一日でした。
 お手伝い頂いた方々、本当に有難うございました。
 
【第九合唱団 安生匠伍】

 焼きそば係りに配置されて、昔取った杵柄で何とかなるだろうと、使い馴れた大き目のヘラ一組をもって参加した。テントの組立て等手伝う中に、トラックで運ばれてきた道具にビックリ。パタパタと立派な台にコンロが並び、配管もあっと云う間で準備ОK。手際の良さは呆れるほど。新参夫婦は、そばの袋出し、焼き上がりのパック詰めなど、チョロチョロお手伝いしながら、料理長鈴木克政氏の見事なお手並みにすっかり敬服してしまう。おいしそうな匂いだけで試食もせずに焼き手を交替する。手順を間違えぬ様に緊張しながら、久し振りの感触を楽しんだのも束の間で、ストックも底をつき始めた。
 其後はただひたすら焼き続け、延びる行列を横目で眺めながらの奮闘のみで、最後ですの声でやっと腰を伸ばした次第でした。隣の焼鳥の下請けも長い列を残してじき終わり、結局何も食べずで過ごしてしまった。天気も良く大勢の人出で賑わった事に大きな満足で疲れも忘れてしまった。
 
【第九合唱団 葛川幸】

 11月3日、天気ОK。準備ОK。人の和ОK。そしてわたしは100円コーナーの売り場に立ちました。長い間準備をすすめてきた伊豆フィルと合唱団のメンバーにファンファーレが心地よいゴーサインを送ってくれた。ミーハーの私はカッコ良いと拍手をしていた。会場である市役所のドアが開いた。忘れられない人の数と信じられない光景が家庭雑貨、100円コーナーに向かってきました。100円玉、千円札が用意されたお金の箱に投げ入れられる様に入ってきました。売り子になった仲間は大勢の人の押す力にグイグイとテーブルごと下がり、品物はわずか一時間足らずで売れてしまっていた。すさまじいとはこういうことをいうのだと実感しました。
 おばあさんが、100円玉をにぎりしめ「時計はあるの?どうなの?」と怒鳴っていた。
 「少しお待ちくださいね」
 そんな言葉は通用しませんでした。他の売り場もほとんど売りつくしていた。快い汗。やったねと仲間同士の信頼感、この温もりが十二月二十三日には歓喜となって第九を力強く歌い上げることができます様にと祈りながら・・・完。
 
【第九合唱団 山本夏子】

 バザー当日の私の役は会計とちまき作り、中華ちまきは何度か練習したので大丈夫と余裕をもってとりかかったのに、ハイキングに出かける夫のお弁当のフライを揚げ始めた頃「もうこんな時間?まだ3分の1しかできていないのに間に合うかな・・・」と思ったら、急にちまきが正三角形にならない。さあ早くとあせればあせる程やり直しばかり・・・。寝ぼけマナコをこすりながらゴクラクトンボみたいな顔をしてノコノコ起きてきた夫を見たら、急にイライラ・・・。
 「早くご飯食べて!!かたづけて!!お弁当は自分で包む!!」と、いつもは聞かれない(?)キツイ言葉と一緒に夫を送り出す。何とかちまきも出来上がり、まだホカホカを持って会場へ。
 お天気も良く、バザーは大成功。朝からバザーのとばっちりで大変だった夫も、富士山を眺め秋たけなわのハイキング日和だったと言って帰宅。
 お弁当はおいしかったけど、カリカリして揚げたフライは少々こげてカリカリした味だったとか。
 会計の仕事はいろいろと反省点ありでしたが、皆さんに手伝ってもらって無事終了。ほっとしています。
 
【団員紹介】

 ◆西島英子(第2ヴァイオリン)
 第2ヴァイオリンの西島です。伊豆フィルでお世話になり、早いもので二年が経ちました。私は宇佐美で民宿を営んでいます。夏は仕事が忙しく、練習もお休みしていましたが九月に入り練習に参加できるようにないました。九月の西小学校での最初の練習日は足取りも重く、登校拒否の子供の気持ちはこんなかな−と思いました。
 自宅での練習はヴァイオリンは肩当を付けたままケースの上から風呂敷を掛けて、いつでも弾けるようにしてあります。練習の場所は家族に迷惑をかけても宿泊のお客様には迷惑を掛けない様自宅食堂二階で、ヴァイオリンを持て移動しています。練習時間は仕事が終わってから始めますが時々椅子に座った途端眠くなってしまいます。夜間の練習は食堂で弱音器も洗濯バサミ、消しゴム等やってみましたが、現在は弱音器を二つ付けて弾いています。
 私の練習を見ていた息子が「お母さん、今にスタジオを造ってやるから待っていろ」などといってくれますが、何年先の事か・・・。主人も「遅くまでご苦労さんですね」と笑いながら声を掛けて、弓はこうした方がいいとか、弾けないヴァイオリンを弾く真似をしてみたりします。
 超難しい第九の演奏会も近くなり、不安だらけですが、少しでも弾けるところが多くなるように頑張りたいと思っています。
 
【団員紹介】

 ◆板垣智昭(トロンボーン/25歳・A型)
 伊豆フィルに入団してから二年半程経ちましたが、自分にとってはこの間にお坊さんになるという、一大イベントもありました。寺と伊豆フィルとの関係について書いて下さいと言われましたが、どう考えても、むりやりこじつけようとしても関係ないことが、今回よく考えて分かりました。ただ、お寺というものは皆さんもよく知っているかと思いますが、どうしても日曜日には、お客さんが多く法事も多々あるので、練習にいけなかったりまた行きづらい時もあります。しかし今のところ両親が音楽に対し、良き理解をしてくれているので練習に参加することが出来ています。また私事になりますが、来年の冬にもう一度修行に行く予定ですので、旅習に参加できなくなってしまうと思いますが、お許し下さい。
 そう言えば、まだ先だと思っていた第九の演奏会も気が付くとあと2ヶ月ですね。え!あと2ヶ月?ヤバイ!練習しなきゃ!ということで、まじめな話になってしまいましたが、練習しなければいけないので、この辺で失礼します。それでは皆さん第九に向けて頑張りましょう!

【お知らせ】

 フルートの廣原知恵子さんと、木管トレーナー仲戸川智隆さんが、11月28日、3年以上も温められた愛を実らせて、いよいよ結婚されることになりました。伊豆フィルの中にもお2人の恋の経緯を知っている人は少なく、その知らせは一同を驚かせるとともに、大いに幸せな気分にしてくれました。
 伊豆フィル発足当時(1993年)初代指揮者、山本郁夫さんの紹介で伊豆フィルの木管トレーナーに就任された仲戸川さんと、第1回定演の「アルルの女」でフルート・ソロを吹くことになっていた廣原さん、出会うべくして出会ったともいえるのですが・・・。
 仲戸川さんの駅までの送り迎えを知恵子さんがいつもなさっていたようですが、知恵子さんは、始めのうちは相手は年下なので特に意識していなかったそうですが、仲戸川さんはいつも最後まで残って後片付けをする知恵子さんの姿を責任感のある、人間として尊敬できる態度として好感を持って眺めていたようでした。
 いよいよ「アルルの女」の練習も本格的になって来ましたが、知恵子さん、なかなかうまく吹くことができません。「難しいそうだし、プロにお願いしたほうが・・・」という声が出る中、仲戸川さんは「ボクが責任を持って面倒を見ますので廣原さんでいきましょう!」といってくれました。
 その後、残された1ヶ月の間仲戸川さんは、伝授できるものはすべて伝えようと、また、廣原さんは、その気持ちに応えようと努力したのでした。
 本番の成功は、皆さんご承知の通りです。
 そのようなふれあいの中でお2人の恋が育まれていったのは明らかで「アルルの女」が、お2人を深く結びつける縁結びの神様だったのかもしれませんね。お2人にとって「アルルの女」は忘れられない曲になったわけですね。これからの新家庭について、仲戸川さんは「自分が仕事の面で頑張ってやっていくことが大事だと思っている」とおっしゃっています。仲戸川さんの引っ張る家庭を知恵子さんが後押ししていく姿が目に見えるようです。
 お2人は仲戸川さんの実家のある、藤沢市に住まれるそうですが、これからも伊豆フィルには必ず姿を見せて下さいね。
 
 wakuwaku新聞第19号より

平成11年(1999年)7月2日発行
 
【伊豆フィルと出会って   指揮者 岩村力】

 久々に訪れた伊東の駅前。何年ぶりだったでしょうか!軒を連ねるみやげ物のお店も、私の記憶からすると、全く変わっていないように見えます。
 小さい頃から、近場の旅行といえば伊豆。それも東伊豆でした。伊東、川奈、宇佐美、網代、そして熱川や稲取、下田・・・。それぞれに聞こえてくる波の音と重なって、たくさんの風景が自分の中には残っています。打ち寄せる波の音を耳にしながら、夜、眠りについたのは、小さい頃の伊豆での経験だけ。そして、それは音としてはっきり耳に残っている大切な思い出です。
 ただ、なぜか、伊東はいつも通るだけ。その町並みも良く憶えているのに、おいしい海の幸にも出会ったのに、泊まったことがありませんでした。自分の中では、「伊東は通過点・・・」という思いがいつもあったような気がします。
 ぞして、伊豆フィル・・・
 すでにたくさんのメンバーの方と話が出来ました。ごちそうも頂きました。サポート下さっている方々との協力も素晴らしい。何と恵まれたオーケストラでしょう。これがまだ発足して数年という「若い」グループのもつエネルギーなのかも知れませ。
 ただ、(まだ、ほんの少ししかリハーサルをしていませんが・・・)メンバーそれぞれが持つ「オケ・プレーヤーとしての耳」も、まだまだ「若い」!
 まわりの人の音、他のパートの音、オーケストラ全体の音に、耳を傾ける習慣がもっともっとあってほしい・・・!と思いました。
  そして、さらに大きなポイントのひとつは「信頼」です。お互いに信頼の気持ちがないところに、良いアンサンブルは成り立ちません。
 自分は、そう信じています。
 また一緒に、たくさん語り合いましょう。
 これからのいくつかのコンサートを心から楽しみにしております。きっと今度からは、伊豆へ行くたびに、オーケストラの音が耳に残るのでしょう。波の音の間から・・・。

【代表 外岡協子】

◆うまくなるためにはどんな努力が必要だとおもいますか?
 もし、分からないことがあったら、遠慮なく指揮者に質問するとか、トレーナーの方に聞くとか(そのために、トレーナーの方に来てもらっているのです)積極的に自分から答えを求めることが、大事だと思います。また、今回、管は代吹きの方が練習に来ていることが多くありました。そのような時には、指揮者の注意を伝えることはもちろん、都合で来られない方が、代吹きの方にテープを渡して、練習を録音するように頼むことも、もっともっとやってほしいと思います。また、練習前に、コンマスを中心に、あるいはパートごとに、前回の指揮者の注意を確認しあうのも大切だと思います。

◆指揮者と音楽の解釈が違っていた場合などはどうすれば良いのでしょう?
 音楽の解釈は、これが絶対というものはないので、私自身は、指揮者の方の別な解釈を聞くと、新しい音楽を発見したような喜びを感じます。もちろん、オーケストラの中では、表現の仕方に関しては、指揮者が絶対なのですが、指揮者の音楽を吸収して、豊かな音楽を作り、アンサンブルしていくのは、それ自体楽しいことで、伊豆フィルにとっても素晴らしい栄養になることだと思います。

◆実際、指揮者が、前回と違うことをおっしゃるというようなことがあったようですが・・・
 もちろん練習をしていく過程で、表現方法を変えることもあると思います。そのような時には、ざっくばらんに「先生、先週はこうおっしゃっていましたが・・・」と質問できるような、雰囲気がほしいですね。練習中、喧々諤々(けんけんがくがく)やり合っても、休み時間にお茶を飲みながら、和やかな雰囲気に変わるというのが理想だと思います。

◆今後の伊豆フィルに望むことは?
 前回の練習で、岩村先生が管のピッチの違いを指摘なさって、それぞれの音が合うまで、音を出させていらっしゃいましたね。あのピッチが合った時の「気持ちの良さ」は最高でした。この「気持ちの良さ」がアンサンブルの基本だと思います。これを求めて、それぞれが積極的に関わり、プロセスを楽しめたらと思います。
 
【演奏委員長 佐藤政美】

◆今後、伊豆フィルを良くしていくために、前回の演奏会の反省を踏まえて何か提案はありますか?
 オーケストラで一番大切なことは、自分のパートだけではなく、他のパートに耳を澄ませることだと思います。ピアノで言えば、例えば、チェロやコンバスは左手の小指の部分をやっているのですから、小指だけをさらっていたのでは、音楽は作れないと思います。

◆具体的にはどうすれば良いのでしょう?
 私はスコアを眺めるのが大好きで、どこへ行く時もバックの中にスコアを入れていきます。そして、ちょっと時間を見つけてはスコアを眺めています(単行本を持って行く感覚)。すると、曲の構造が分かってきて、どこにメロディーがあるか、自分のパートはどんな役割を果たしているのか分かります。曲の中には1つも無駄な音がないと言われていますが、これをやっていますと、楽譜が立体的に見えてきて、ものすごく楽しいし、他のパートの音も良く聴こえます。

◆スコアは目で追うだけでも大変で、なかなか、使いこなすのが難しいですね・・・
 CDを聴きながらでは、目で追うことになり、とても間に合いません。CDなしで、スコアを読むのです。知っている曲ですから、メロディーが浮かんできて、曲が見えてきます。

◆ところで、指揮者と意見がくい違ったりしたことはありませんか?
 音楽は指揮者と団員とで作って行くものだと思いますので、分からないことがあったら質問し、指揮者の求めているものに近づけるように努力すべきだと思います。
 
 wakuwaku新聞第20号より
【心触れあえる音楽をめざして   新演奏委員長 佐藤政美】

 「私が演奏委員長?」団員の方々を始め皆様も驚かれたと思いますが、一番びっくりしたのはこの私です。でも音楽と伊豆フィルが大好きな私は、何より心から尊敬している外岡先生のご指名を受けたら断れません。不安は一杯ありましたが先生のお手伝いが少しでもできたらと思い、お引き受けしました。
 私が伊豆フィルで大切にしたいもの ― それは"人の和"。様々な人がいます。年代・職業・演奏キャリアの長い人・初心者・オケの経験のある人・ない人etc。でも、だから楽しいですよね。音楽を作り上げていく過程ではそんなことはおかまいなしに皆で一心に音を出す・・・。お手伝いをして下さる色々な方々を含め私たちはなにかしら"伊豆フィル"という大きい一人の人間の中の一部なのかも知れません。利き手、利き足もあればそうでないところもある。でもどこも一生懸命。思い合い認め合いながら、これからやっていこうと思います。(昔やっていたオケでつらい思いをしているだけに、こだわりたいことの一つです。)怠けているところや鍛えなければいけない部分もありますよね。バランスよく育つには努力しましょう。もっともっといい音楽が作れるようになると思います。でも"伊豆フィルさん"のどこかにケガや病気が生じたら、補い、かばい合いながら回復するのを待ちましょう。
 音楽をやっていて忘れられないことの一つに、沼響のメンバーと行った小さな演奏会での出来事があります。それは西伊豆の小さな町の小さな小学校でした。開校20周年の式典での演奏終了後、私達(12人)一人ひとりに町で採れたカーネーションの花束が渡されました。私にその花束を差し出した、見るからにやんちゃそうな男の子(4年生)は、今にもあふれんばかりの涙を目に一杯浮かべていました。(みなさん!決して私が恐かったからではありません。)思わず胸が一杯になりその子を抱きしめながら私も涙が止まりませんでした。心と心が触れ合える音楽って本当にいいなとつくづく感じました。
 わからない事、聞きたい事があったら何でもいいですから気軽に声をかけて下さいね。どうぞよろしく!

【『オーケストラはすてき!』アンケートより】

◆全入場者1327人(第1回公演457人・第2回公演852人)
◆人気プログラムベスト3   @フィンランディア  A花のワルツ  Bハンガリー舞曲5番
◆良かったこと
 ・コントラバスの音が良かった
 ・バイオリンがすばらしかった
 ・親しみやすい曲が多く退屈しなかった
 ・楽しく手拍子したり、一緒に歌えてよかった
 ・小6の人が参加していたのが良かった
 ・司会進行のお二人が感じ良かった
 ・指揮者の笑顔がすてきだった
 ・これでまた子供の音楽の幅が広がった
◆ちょっと一言
 ・幼児がうるさかった
 ・音が堅かった(ホールの音響のせいか?)
 ・整理券は何のためか
 ・券を持っていないのに入ってきた人、持っていないため来られなかった人がいた
 ・多少の入場料をとった方が良かったのでは
 ・食べ物を持ち込んで食べていた人がいた
◆初舞台を踏んだ団員さん紹介
 鳴戸啓子さん(パーカッション)  野口真司くん(パーカッション)  田中裕太さん(ヴァイオリン)  櫻井幹子さん(ヴァイオリン)  加藤純子さん(ヴィオラ)
 
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伊豆フィルハーモニー管弦楽団


伊豆フィルは、音楽を愛する心と“わくわくする心”を持ち続け、常に新しいよろこびを求める愛と調和を奏でることにより、伊豆を中心として地域文化の発展に寄与する事を目的としてます。

ギャラリー

演奏会の記録

これまでの演奏会の詳細やポスターがご覧頂けます。

伊豆フィルのあゆみ

伊豆フィルの生い立ち、特徴等がご覧頂けます。

伊豆フィルニュース

伊豆フィルの団内報「WAKUWAKU」より、伊豆フィルの活動を抜粋して掲載する他、伊豆フィルに関する幅広い話題がご覧頂けます。

伊豆フィルを育てる会

伊豆フィルハーモニー管弦楽団を財政面で支援していく会のお知らせです。



















伊豆フィルニュース/wakuwaku新聞より



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