wakuwaku新聞第34号より

平成14年(2002年)11月10日発行。
【マエストロ岩村 N響デビュー】

 我らがマエストロ 岩村力先生がこの夏N響の3つの演奏会で指揮を振られました。
 一つは、7月13日の東京オペラシティコンサートホールでの「いけるジャンClassic!・N響若者のためのコンサート」。
 あと二つは、東京と静岡での公演でした。
 「いけるジャンClassic!」は、今話題の女性ギタリスト村治佳織さん、超有名なジャズピアニスト山下洋輔さんとの共演で、その素晴らしくも楽しい演奏はテレビでも放映され、ほとんどの皆さんが見られたと思います。
 山下洋輔と言えば、その破天荒な演奏で有名ですが、ラプソディインブルーのカデンツアについて、岩村先生との打合せ秘話を武藤さんが聞いてくれました。以下は岩村先生のお話です。
 『彼とは、一つだけ約束をしておりました。「勝手にいろいろ弾くが、終わる頃に必ず低音ばかりをぐるぐると引き出すから顔をみてくれ、その時"行きます"と言うので、それが合図だ」というものです。リハーサルでは2分だったのに、本番では4分も弾くので、どうなるのかなと思っていましたが、(岩本先生は腕を動かしてポロポロと弾くしぐさで、高音部へ行ったり低音部へ下がったりしながら、肘で弾いたり指を滑らしたりして、山下洋輔の弾きかたを真似ながら)こうやって最後に低音部分にきてぐるぐるとそこばかりを上下し始めたので顔をじっと見ていたら、彼は約束通り「行きます」と言ったので、それを合図にカデンツアを終わりにして無事に次へ行くことが出来ました。皆さんこういうことに関心があるのですね。この質問は多かったですよ。彼はジャズばかりでなく、何でも弾くよ。あれはガーシュインじゃない、山下洋輔のカデンツアだよ。』
 岩村先生は山下洋輔のことを独創的な才能のある素晴らしいピアニストだと大層褒めておられたそうです。
 8月2日の東京公演んは、伊豆フィル関係者がバスを仕立てて聴きに行かれたそうですが、私は8月3日の静岡・掛川公演を聴きに行きました。
 曲目は、「セヴィリアの理髪師」序曲、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、そして「新世界」です。
 会場はあまり適当なところとは言えませんでしたが、地方でのN響公演とあって、ほとんど満席でした。
 東京公演を聴いた人の話では、「岩村先生は少し堅くなっていた。」ということでしたが、掛川ではいつもの指揮をしてらっしゃいました。
 「セヴィリア」も「新世界」も伊豆フィルでやったことのある曲で、特に「セヴィリア」は昨年暮れの定演でやったばかりなので、どうしてもその時の演奏と重ね合わせて聴いてしまいました(元よりN響の演奏と重ね合わせるのは無理と承知しつつも)。
 それにしても、我らがマエストロがかのN響を率いる様子を見て、聴いて、伊豆フィルの団員であることのすばらしさを実感しました。
 
【奧野苑での演奏】

 特別養護老人ホーム「奧野苑」の3月のお誕生会で佐藤政美さんがコーラスに参加した縁から、8月22日に伊豆フィルの有志によるアンサンブルが行われました。メンバーは次の方々です。
   第1ヴァイオリン:外岡協子・梅原聖子・松村宏樹・武藤都喜子
   第2ヴァイオリン:飯田龍仁・水田淳子・松村早紀
   ヴィオラ:佐藤政美・半田紀子・島田晴夫
   チェロ:半田昇三
   コントラバス:木村孝志
 曲目は、水上の音楽、ディヴェルティメント、花の街、われは海の子、赤とんぼ、小さい秋みつけた、君をのせて、80日間世界一周、浜辺の歌で、曲目の解説・司会は佐藤政美さんでした。
 当日の演奏に対して、奧野苑から次のお礼が寄せられています。

 『拝啓 残暑の候、ますますご健勝のこととおよこび申し上げます。
 さて、先日はご多忙中にもかかわらず、当苑8月お誕生会にご出演いただき、ありがとうございました。お陰様で、お年寄り達も「素晴らしかった」「時間を忘れてうっとりと聴き入った」等々、とても喜んでおり、職員もそんなお年寄りの笑顔を目にすることができ、大変嬉しいひとときを過ごさせていただきました。こころよりお礼申し上げます。また機会がありましたら、是非ご協力いただきたく、宜しくお願い申し上げます。
 末筆にて失礼ながら、お越し頂いた皆様には宜しくお伝えくださるようお願い申し上げます。
    特別養護老人ホーム、奧野苑介護担当職員一同』

 そして当日の最年少メンバー村松早紀ちゃんが次のような感想を語っています。

 『私は、奧野苑で演奏するのをとても楽しみにしていました。伊豆フィルの弦楽器のみなさんと、日本のいろいろな曲を弾くのは初めてだからです。奧野苑のような、施設に行って演奏するのも、初めてでした。
 曲が始まると、おじいちゃんや、おばあちゃん達は、とても楽しそうな様子で聴いてくれました。私もこういうところで音楽を聴かせてあげて、喜んでくれると、心が温かくなった気がしました。保育園の時に一度老人ホームに行き、劇をしたことがありました。その時は、小さいせいか、おじいちゃんやおばあちゃん達の喜びがそんなにわかりませんでした。でも、奧野苑で演奏をして、あらためてそのことがわかりました。
 一通り演奏が終わると、「アンコール」の声がありました。赤とんぼをもう一度、今度は一緒に歌ってくれました。赤とんぼを歌っているところは、とても楽しそうで、うれしかったです。家族から離れて施設にいるおじいちゃんやおばあちゃん達を、また楽しませてあげたいなと思いました。』

 地域の中で伊豆フィルの活動として、素晴らしいものだと思います。
 
 wakuwaku新聞第35号より

平成15年(2003年)2月2日発行。
【打ち上げにて】

 ◆指揮者 岩村先生
 今日はどうもお疲れさまでした。今日はステージが暑かったように思いました。ウェーバーを終える頃に、最近汗をかかなくなった筈なのに、妙に汗が目にしみて、たいへんだったのですが、皆さんの熱気ある演奏の賜だと思いました。
 お話したいことは2点ほどあります。1つは、今日随分遠くから来られたお客様が多くて、僕の知っているクラリネット奏者も大阪から来られたり、また信州大学から日帰りで飛び入りで来られた方もいまして、いろんなファンの方が増えて有り難いことだと思います。
 あと1つは、何人かの方に聞いた今日の演奏のことですが、"非常に内面的に良かった、成長した"ということです。どうぞ、9周年、10周年と、いろんなプログラムが目白押しですが、目標を持ってしっかり勉強して行きたいと思います。

 ◆音楽顧問 立石先生
 いつもは演奏会が近くなると、分奏でもいろいろやかましく申し上げた時期もありますが、本当に、もう言う必要がなくなって、今日の演奏とは別に、皆さんようやく大人のオーケストラになってきたかなという感じを強く受けました。そういう点で皆さんも自信をもって弾いてよいと思うのです。
 この前の練習のとき申し上げましたが、今回これだけはマスターしようという目標を岩村先生にしても設定されている筈で、それを毎日の練習でクリアしつつ、自分の中でUPして蓄えてゆく、そういうことをいつも限りなく挑戦していくというところに、音楽の面白いところがあるのだと思うのです。そういう挑戦の仕方をしてください。
 『これでドボ8やったぁ、嬉しい、嬉しい』といって酒を飲むのではなくて、練習の過程を一つ一つ大事にして、一緒に勉強して行きたいと思います。特に、これから難しい曲が目白押しにありますし、それをステップに、オペラということが決まっていますので、是非一回毎の演奏会で自分の力を蓄えていくという事を考えて、これからにつなげましょう。

 ◆音楽評論家 藤田由之先生(一度練習も見に来られて、是非演奏会にも来たいとおっしゃて来られました)
 皆さん非常に良い雰囲気で演奏して下さいまして、うらやましいと思いました。アマチュアのオーケストラといっても、今、日本中にたくさんありますし、演奏にしても、アマチュアだから下手でもよいということはございません。どんな形であれ、単に演奏だけの問題ではなく、運営のことも含めて良いオーケストラにして頂きたいと思います。今、本調子、良いオーケストラだと思いますが「まだまだ先があるぞ」とそのところを考えて、どうか良いオーケストラにして下さい。それには、まだ本当にいろいろな制約があって大変だとは思いますけれども、がんばって頂きたいと思います。上手くなれば、私もまた楽しみも増えますから、是非また来たいと思います。

 ◆近藤憲一先生(プログラムに解説を書いて下さっています)
 皆さん良い音楽を聴かせて頂き、有難うございます。今日はドヴォルザークが抜群に良くて感激しました。弦が良かったと思います。特にチェロとコントラバスがよく下を支えていました。
 全般的には、ここ2、3年、皆さんの音楽に対する感性、つまり音楽がどういうものかを理解し、表現するという事が、急速に進歩しました。それは多分、皆さんのご努力と同時に、岩村先生の力がかなりあると思っています。そのことが、聞いた方に感動を与えるのだろうと思うのです。
ですから、皆さんの音楽をやる情熱がせっかく高まっているのですから、あとの技術の方も、それに伴うように頑張って頂きたいと思います。
 それから山田宏(クラリネット)さんが今日久々に出られて、個人的に本当にうれしいです。N響の首席奏者の横川さんと横からみると似ているので、彼と体の動きがダブッて、とても楽しみました。

 ◆アドヴァイザー 村田稲造先生
 先ほどから皆さんおっしゃているようにドヴォルザークが良かったと思います。
 最近伊豆フィルでちょっと金管恐怖症になっているのです。何か鳴り出すかと、音が出る前に体を起こしましたら、弦が鳴り出したのでやれやれとおもいました(笑)。次の楽章で山田宏さんのクラリネット、そしてファゴット、フルートが小さい音量でニュアンスが醸し出されてきたところに弦がフワッとかぶさって行くあたりは、もう素人の域を完全に脱しています。これはもうアマオケでなく、そういった意味で前途洋々です。
 プログラムを見ましたら、今度マーラーをやられるすですが、私は1945年にレコードを聴いて、世の中にこんな音楽があるのかと驚いたものです。それまではせいぜいワーグナーくらいしか聴いていなかたので、どんなにうなされて聴いたことか。それをこの伊豆フィルがやろうとは!エンジェルで聴いた長年のイメージをこわされるのかと・・・(爆笑)そんな思いです。
 以前は子供がうるさいとか、お客さんの態度には随分神経を使ったものです。ところが、今日は結構子供もいるのですが、最後までずっと静かに聴いていたのです。これは、ステージもうまくなったこともありますが、お客の態度も良くなったのです。実に結構なことと思います。

 ◆平川美樹さん(「ペール・ギュント」で素晴らしいナレーターを務めた高校2年生。団員からの熱い拍手が送られました)
 音楽に合わせてやるのは初めてで勉強になりました。来年1月に朗読コンクールの全国大会に出るため、東京に行きます。」
 
【二次会での話】

 ◆鈴木麻美
 外岡先生は、昨日「G.P.から良くなり始めて、伊豆フィルは本番に強いのでがんばりましょう」とおっしゃいました。私の感想としては、アニトラの踊りが最後まで揃わなかったのですが、音楽で誘惑するのはむずかしいと思いました(笑)。全体的に今日は管楽器と弦楽器がまとまっていました。

 ◆幸野正也(ヴァイオリン)<新入団員/大分生まれ横浜在住、学生>
 この前、下田の定演に出て今日で2回目です。下田で本番に出た時、面白かったからもう一回来たいなと思ったからです。本番はすごく良い演奏ができたかなと思います。

 ◆高野由美(ファゴット)<元団員>
 今日初めてお客として聴いて、すごく良かったです。休むようになってからも時々思い出して、みんなどうしているのかなと思ったりしています。皆さんにお会いしたいと思って今日ここに来ました。

 ◆山田宏(クラリネット)
 2年前、兄が突然他界し、兄と相棒でやっていたので、オーケストラも辞めなくてはならないと思っていました。しかし365日音楽が無かったらどんなに寂しいだろうと、ちょうどメローニさんの時でしたから、メローニさんの代吹きをしたとき時は複雑な気持ちでした。11月29日に再生計画が認定されて、今日は気持ちよく演奏しました。音楽が僕を支えてくれました。

  ◆伏見聡子(オーボエ)<エキストラ>
 団員にはなれませんが、いつも気持ちよく、練習で曲がだんだんとまとまって行くのが楽しみで来ています。私も一緒に成長して行けるようにしたいと思います。

 ◆上山育子<合唱指導>
 合唱団がこれからオペラへと向けて大変良くなって行くので、村田稲造さんと「良かったね」と言って、手をにぎり合いました。加賀先生(合唱指導)に次回定演のマーラー(さすらう若人の歌)のソリストをお願いしたら、快く受けて下さったので嬉しく思いました。いつもコーラスでは立ったままで歌っていますが、オペラでは立ち居振る舞いがありますから、練習に時間がかかると思います。よろしくお願いします。

 ◆小野寺(ヴァイオリン)<エキストラ/鈴木麻美さんと音大の同級生>
 岩手県の一ノ関市から新幹線を乗り継いで来ています。田代先生の指揮者の時代から、すごい勉強になるので出演しています。

 ◆藤井(ビオラ)<エキストラ/東海フィルの女性>
 岐阜県大垣市から自動車を運転して5時間半かけて来ています。団員の皆さんの温かい気持ちが嬉しくて・・・。旭小にも一度行きましたが、その時は、どうなるのだろうと思いましたが、本番は全く違って、集中力がすごいと聞いていた通りでした。おいしいものも多いし、(トラを頼まれなくても)自分からでも伊豆に行きたいなぁと思いました。
  
 
【アンケート速報】

◆入場者数        650人(内招待者数 44人)
◆アンケート回収数   161枚(アンケート回収率 25%)

◆伊豆フィルの演奏会は何回目ですか?
    初めて       41%
    2回目        13%
    3〜5回目     28%
    6〜9回目     13%
    10回以上      5%

◆どこで演奏会について知りましたか?
    団員(合唱団を含む)から     57%
    新聞を見て              15%
    テレビを見て              0%
    ポスター、チラシを見て        8%
    学校で                 11%
    その他                   9%
   (今回は学校で知ったという学生が多かった)

◆特に良いと思われた曲目は?
  (%=○印のついていた総数に対する割合)
     ウェーバー     35名(14%)
     グリーク      118名(46%)
     ドボルザーク    66名(26%)
     アンコール      35名(14%)
    (平川美樹さんのナレーションが素晴らしかったとのコメントが多かった)
 
【伊豆賞受賞】

 伊豆フィルが平成14年度の伊豆賞に選ばれたことはご存知の方が多いかと思いますが、授賞式が1月8日に伊豆新聞本社で行われました。
 「伊豆賞」は「1年を通じて分野を問わず伊豆半島で活躍、あるいは目立たないところで功績があった個人や団体に贈られる」伊豆新聞の最も権威のある賞で、今回が23回目だそうです。
 「伊豆フィルは結成以来10年間に16回の定期演奏会を開催し、約80人の団員の研さんにより伊豆を代表しる交響楽団として地域の文化向上に貢献した。質の高い音楽活動を目指し努力を続けた団員に敬意を込めて」と言うことで、新旧代表の佐藤雅実さん、外岡さんに重岡健治作のブロンズ像『夢』と副賞10万円が贈られました。

 1月9日の伊豆新聞ではさらに、伊豆フィルがここまでに成長した記録を事細かにつづるとともに、創立期から伊豆フィルを支えてきた音楽有志として、外岡さん(ヴァイオリン)、齋藤真知子さん(ピアノ)、牛久保宏さん(クラリネット・元団員)、山田宏さん(クラリネット)らの努力を讃えている。また、楽団のレベルアップに貢献している指揮者として岩村先生を始め、名誉指揮者のフランシス・トラヴィス先生、名誉団員の村田穂積さん、音楽顧問の立石先生にも、賛辞を送っている。またさらに、経済的支援団体として『伊豆フィルを育てる会』、団員の家族による支援団体として『伊豆フィル友の会』の名前も上がっている。
 ブロンズ像の制作者の重岡健さんからは「(この像について)長泉高校の校庭にも大きなものがありますが、これは私の音楽シリーズの中でも一番気に入っているブロンズの彫刻。受賞者が伊豆フィルだとの報告を受け、うれしくなって、去年の暮れに急遽造りかえた物です」と、伊豆フィルに対する格別のお言葉もいただきました。
 
 wakuwaku新聞第36号より

平成15年(2003年)4月27日発行
【前代表 外岡協子】

 創立時、最年長ということで代表になってしまいました。「面倒な仕事は全部皆さんがやってくださる」というありがたい条件をフルに利用させていただき、皆様に助けていただいたおかげで何とか続けることが出来ました。本当にありがとうございます。
 名前ばかりの代表で至らないことばかりでしたのに、先日の総会の席上、お花まで頂戴してしまい心より御礼申し上げます。
 10年前、西小の講堂でどうなることかと、不安ながら奏で出したあの情景は未だに鮮烈に覚えております。そのときのヴァイオリンは、オーケストラの経験など殆どない小・中・高校生が半数以上(15名)占めておりました。そんな幼いオケが、最近の様な大曲にも取り組むまでに成長してきたこと、感無量でございます。
 伊豆フィルはスタート時より、周りの皆様方の温かいご理解とご支援をいただくことが出来、本当に幸せなオケだと痛感しております。厳しい経済情勢の中にあっても、育てる会の皆様を始めいろいろな方々が支えてくださっております。莫大な経費のかかるオペラも、このような支援があるからこそ実現できるわけで、私たちは感謝の気持ちをいつも忘れないでいたいと思います。
 今までは、「まだ出来たばかりのオケ」・・・ということで失敗や行き届かないことなど許して頂けたような時期でしたので、私は本当にラッキーでした。でも現在は周りも認めてくだざるようになりましただけに、その期待に応えるため、いろいろ責任も大きくなり、佐藤新代表にはご苦労おかけすることと思います。そかも10周年という大事業がいきなり肩にかかっております。
 それぞれの事業を成功させるためにも、また、一人では決して出来ないあのハーモニーを創り出す喜びをいつも体験出来るためにも、団員みんなで代表をサポートし、よりよい伊豆フィルを創り上げていきましょう。
 
【富士宮市民合唱団による『カヴァレリア・ルスティカーナ』】

 副代表の稲葉安光さんが、2002年11月23日(土)に富士宮市民文化会館大ホールで行われた富士宮市民合唱団第18回定期演奏会の模様を伝えてくれました。

 この日のプログラムは、次の通りでした。
  第1ステージ  
     *マスカーニ作曲 オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」
  第2ステージ  オペラ名場面集
     *ヴェルディ作曲 「トロヴァトーレ」より
        合唱 「アンヴィル・コーラス」
        独唱 「炎は燃えて」
     *レオン・カヴァルロ作曲 「道化師」より
        独唱 「衣装を付けろ」
        合唱 「さあみんな良い席を」
     *ビゼー作曲 「カルメン」より
        独唱と合唱 「闘牛士の歌」
  アンコール
     *ヴェルディ作曲 「ナブッコ」より
        合唱 「飛べ、我が思いよ。金色の翼に乗って」

  出演者
     指揮:樋本英一
     合唱団:31名(ソプラノ9、アルト9、テノール5、バス8)
     バリトン:1名
     子供:7名
     オーケストラ:ヨコハマ・リリック・シンフォニエッタ27名
       (木管4、金管3、弦13、打楽器2、オルガン1)

  関係者
     演出、舞台監督、照明オペレーター、編曲、練習ピアニスト

  入場料
     指定席3,500円(400席)   一般3,000円(800席)

  予算
     400万

 楽しい演奏会でした。アマチュアとしては、合唱、演技ともに中々の水準であり感心しました。ソリストも、助っ人のバリトンの長谷川氏は言うに及ばず、メゾ・ソプラノで病院勤務の小野田さん、テナーで農業、大工さんの渡辺氏も充分、入場料以上のパフォーマンスだったと思います。オーケストラも、プロとアマチュア混成の少人数ながら、ソロと合唱のアンサンブルは見事でした。
 後半も、大道具はそのままでしたが、小道具(例えば、アンヴィル・コーラスのチカチカ炎の見えるふいご等)に工夫をこらし、違和感のないステージを演出しておりました。子役の存在も、村人達を表現する上で良い効果があったと思われます。
 欲を言えば、大道具が簡素かなと感じられたこと、メインのオペラが後半であった方が、感動がより深かったのではと思われた点です。
 合唱団のリーダーの清氏によると、1996年に公演した大道具をそのまま利用したこと、そして"まずオペラを演奏しないとリラックスできない"と、多くの団員の意見があったとのことでした。
 演奏会前の11月21日に舞台作りを、石井清之氏、鈴木克政夫妻と見学し、リーダーの清氏に苦労話を伺うことが出来ました。オペラ公演の大変さは予想以上でした。予算、会場、大道具、小道具、衣装、字幕、照明、音響、事務局、演出家、舞台監督、独奏者、指揮者、合唱の演技を含めたトレーニング、前半のプログラム、公演回数・・・。課題山積みです。
 何よりも、アマチュア・オーケストラによる定演でオペラは珍しく、オーケストラ団員の充分な理解が大切かと思われます。
 たまたまテレビで「小澤征爾の音楽塾」なる番組を見ました。若いオーケストラ・メンバーを、オペラ公演を通じてトレーニングして行く姿でした。小澤氏曰く、『音楽の持つ感情表現の大切さを得るには、オペラの演奏は最適のトレーニングです。』私は、大いに意を強くしました。
      
 
【わくわくコンサートを終えて   チェロ 半田昇三】

 2003年、3月1日、わくわくコンサートに参加された皆様、ご苦労様でした。
 午後2時から開演というのに、1時間以上前から、ポツポツと熱心な方が見えられ(お聞きすると、伊豆新聞を見て来られた方々でした)、開演の頃にはほぼ満席状態で、これで天気が良かったら(当日は夜、暴風雨が吹き荒れる散々なお天気)、206人しか座れない、ひぐらし会館、間違いなく立ち聴きどころか、アマチュア・コンサート前代未聞の入場拒否を余儀なくされるところでした。(来年は整理券の発行を検討しなければなりませんぞ!)
 でも我々はなんと幸せな音楽(演奏)愛好者なのでしょう、たった7万人と少しの町で、新聞と、口コミ、ハガキ(育てる会員宛)でコンサートのお知らせをするだけで、200人以上の聴衆(来年は天気よければ、400人!?)を集められるなんて、全国広しと言えども、伊東しかありえませんね。そして伊豆フィルの名声と実力に改めて脱帽いたしました。
 世界でも一番古いといわれているオーケストラの一つ、ウィーン・フィルが1842年に最初のプロのオーケストラとしてコンサートを始めるまでは、アンサンブルといえば、「室内楽」のことで、モーツァルトが十八世紀頃、ウィーンで大きな編成の交響曲を演奏するときは、町中の優秀な室内楽奏者を集めて演奏会をしていたそうです。
 伊豆フィルも来年はオペラをしますが、ウィーン・フィルも元々はウィーン国立歌劇場の座付きオーケストラ(149人定員)です。オーケストラのコンサートはさらに選抜された奏者(最低5年間歌劇場に在籍してから資格を得る)、つまり、ウィーン・フィルハーモニー協会に属するメンバーの人たちによる音楽会なのだそうです。同じ奏者がまた室内楽奏者として、有名なバリリ四重奏団、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団、ウィーン八重奏団などで活躍しています。
 室内楽も、オペラも、交響曲も、演奏するのは同じ町に住む住民、我々もウィーンに負けないような、伊豆半島の、伊東の音楽を作ろうではありませんか。「湧き上がる、伊豆の情熱」に期待しましょう。
 
【チェロ 山田恵津子/ソムリエとしてブルゴーニュワインの騎士団に叙任】

 古式ホルンが鳴り響いた後、アコーディオンのイントロと共に、手を振りかざして皆が歌い出す! ♪葡萄の木の足に、生まれ落ちたその日から、母の愛に満ち満ちたワインばかり飲んできた・・・♪(訳詩:なかにし礼) さあ、パーティーの始まりです。今回、私が叙任を受けたブルゴーニュワインの騎士団は、マスタードで有名なディジョンという町から、車で30分程のクロ・ド・ウージョ(シャトー)に1934年から本部を設けています。シャトーの周囲は、見渡すかぎりの葡萄畑。私が訪れたのは昨年の11月でしたので、葡萄の葉が紅葉し、欧風の紅葉狩りの風情でした。このシャトーにて年に数回、世界各国からシュバリエ(ワインの騎士)の叙任式に臨む紳士淑女達が集まってきます。
 伝統を守り、威厳溢れる式典が始まり、真っ赤なマントを背負った幹事長より、緋色(赤ワイン)と金色(白ワイン)で彩られたリボンに吊したタート・ヴァンが一人ずつ新メンバーの首に掛けられてゆきます。遠くクロ・ド・ウージョに来る事、それは、ブルゴーニュとその源を訪ねることであり、それを育んできた歴史とこの地方をもっと愛することなのです。式典の後に、お待ちかねのパーティーが始まります。ブルゴーニュ合唱団の陽気で美しい歌声とアコーディオンやクラリネット・ホルンの温かい音色でパーティーは盛り上がり、真夜中まで伝統的な音楽とワイン・料理にどっぷりと浸ったひとときを過ごしたのです。
 明くる日、長閑なフランスの片田舎から滞留ラストタイムの都パリへ、街並みに文化遺産が薫るストリートを散策しました。東京には見られない無造作に貼られているポスター、分かりにくいフランス語でも音楽用語だけは目に飛び込んできました。憧れのパリ管のトップ奏者達によるW.A.Mozartのクラリネット五重奏曲と書いてあるではありませんか!
 やっとの思いで買い求めたチケットを手に、夕やみ迫るゴシック建築のサン・シャペル教会へ。特別な憧れの思いで馳せた私とは違い、垢抜けたコートの女性、当たり前の普段着のようにパリの人々が集まって来ます。天空から夕やみ時の、ステンドグラスから柔らかな光彩が差し込む客席とは対照的に、空気は冷たく張りつめています。奏者達が後部席をかき分けるように入り、調弦音、指ならし音階が聞こえての束の間、クラリネットの難曲ウェーバーの主題と変奏を事もなげにうたい、つづく珠玉のモーツァルトを弦楽とCLが織りなしてくれました。年月を積み重ねた建物のなかで伝え継がれた音楽が奏される音と薫りのマリアージュは、美しき音楽を学ぶ喜びを一層深めてくれたのでした。
 
 wakuwaku新聞第37号より
      

【わくわくサロン】

 5月18日の練習終了後の午後6時より「スパ伊東」のイベントホールで『わくわくサロン』が開かれました。伊豆フィルの団員、合唱団、友の会、一般の方、総勢70名程の参加がありました。
 今回のテーマは、「悲しみ そして 癒し 天才達の織りなすもの」で、6月29日の第17回定演で演奏される音楽について、マエストロ岩村に熱く語ってもらいました。なお、野崎美香さん(Cla)、土屋美華さん(Fl)のWミカさんがサロンの構成や準備、当日の司会と、大活躍されました。
 
【曲紹介】

 津久井文夫さん(ホルン)による、岩村先生の「わくわくサロン」でのお話と、他の資料等も参考にした曲紹介です。

 ◆ショスタコーヴィチの交響曲
 ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)は、生涯に15の交響曲を作りました。第1番(1925年)、第2番(1927年)は比較的わかりやすいものですが、第3番では前衛的な作風になり、体制にマークされるようになりました。そして機関紙『プラウダ』の批判を浴び、「人民の敵」呼ばわりさえされるようになったショスタコーヴィチは四面楚歌の状況になりました。続いて作られた第4番(1936年)はさらに前衛的な曲になり、初演は延期されることになりました(この曲の初演はスターリン没後8年目の1961年)。
 1937年(30歳)、『プラウダ』の批判に対しての自身の回答であると広言し、スターリンの植林政策を賛美する等、体制よりに偏向したショスタコーヴィチが作った第5番の交響曲は、「第1回ソヴィエト音楽旬間」の一環として、1937年11月21日にレニングラード・フィルハーモニーの大ホールで、革命20周年を記念して注目のうちに初演され、熱狂的な喝采を浴びました。指揮は翌年にレニングラード・フィルの指揮者に就任することになった若きエウゲニ・ムラヴィンスキー(1903〜1988)でした。ショスタコーヴィチが体制よりに偏向したことには多くの議論がされています。しかし、批判にどう答えるかがショスタコーヴィチにとってまさに死活問題だったことは想像に難しくありません。文字通り身体的な生死を賭けた問題としてと同時に真実を表現する近代の芸術家の、精神の生死を賭けた問題として。そして、曲の中にも本当のところの解釈はどうなのかというものもあるようです。2楽章は、作者自身「過去への皮肉な微笑」と言っていますし、3楽章の悲しみと嘆きの感情を激しく高潮し、死に絶えるように消えてゆくのは、大静粛の恐怖をまざまざと喚び起こす大胆な肉声であるとか、4楽章は歓喜のフィナーレで一般的には勝利の音楽と解されますが、「体制による強制された喜び」と作者自身の話にあります。

 とは言え、ショスタコーヴィチと言えば第5交響曲と言われるほどの超ポピュラーな名曲で、私も好きな曲の一つです。特に3楽章はホルンの出番は全く無いのですが、「昔日の思い」というか昔の風景を夢の中で見ているような気持ちに駆られ、好きです。最後の部分のハープの旋律は特にノスタルジックに感じられ、「自分が死ぬときはこの旋律を聴きながら」と思う程です。ただし、油断しているとフィナーレで猛攻撃を浴びます。

 ◆マーラーの「さすらう若人の歌」
 グスタフ・マーラー(1860〜1911)は23歳のときに、カッセル宮廷歌劇場の補助指揮者となり、劇場つきの女優・歌手ヨハンナ・リヒターに思いを寄せ、失恋しました。これらの歌曲は、彼女に捧げた青春の情熱の形見とも言うべきものです。
 1885年失恋の最中、マーラーが友人のフリードリヒ・レーアに宛てた手紙には下記のように記されています。

 「親愛なるフリッツ! 今日、元日の朝、僕のまず初めの思いを捧げよう・・・。僕は、ゆうべ、ひとり彼女のそばに坐って、僕達はほとんど口をきかずに新年がやってくるのを待っていた。彼女の思いはそこに居合わせた僕に向けられてはいなかった。そして鐘が鳴り、涙が彼女の目から流れ落ちたとき、その責任はあまりにも恐ろしいことに僕にあると思われたので、僕は、僕はその涙を拭いてあげることができなかった。彼女は隣室に行き、しばらくのあいだ窓辺で黙って立っていた。そして彼女がまだ泣きながら戻ってきたとき、名状しがたい苦しみが、永久になくならない隔壁のように、僕達のあいだに据えられたのだった。それで僕は彼女の手を握りしめ、そして出てゆくことしかできなかった。僕が玄関のところにきたとき、新年を告げる鐘が鳴り、塔からはおごそかなコラールが響いてきた。・・・・・僕は夜通し、夢の中で泣き続けた。・・・・・僕は歌曲集をひとつ書いたが、、さしあたって6曲(現存しているのは4曲)で、これらはみんな彼女に捧げられたものだ。彼女はこれらの歌曲を知ってはいない。しかしこれらの歌は、彼女の知らないことは何ひとつ歌ってはいない。・・・・・これらの歌曲は、運命にもてあそばれたひとりの若者が、今や世間に出て行き、そしていずこともなくさすらうといったようにまとまりをもって着想されている。」

 「さすらう若人の歌」の2曲目の冒頭の旋律は、来年の定演でやる1番の交響曲の1楽章にとり入れられていますし、4曲目の最後の部分は1番の3楽章に使われています。これら二つの曲の相異を聴き比べていくことも面白いでしょう。
 岩村先生のマーラーの交響曲の思い出は、シノーポリが来日して8番を振った時、合唱の下棒を振り、本番では合唱に加わったそうです。また、アバドが来日して2番を振った時は、その下棒を振られたそうです。
 マーラーの一つの逸話も紹介していただきました。

 『マーラーが友人とバカンスである湖を訪れた時、芸人が手回しオルガンを演奏しているところに、軍楽隊がやって来て、さらに合唱団までもが集まってきたそうです。まさに、音楽の地獄絵の状態であったが、マーラーは、「あれがポリフォニーだ。」と言ったそうです。「いろいろなテーマ、リズム、旋律は全く違うところから発せられるべきもので、それを秩序立てるのが音楽だ。」とマーラーは考えていたそうで、指揮者かつ作曲家であったマーラーゆえのことです。』

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伊豆フィルハーモニー管弦楽団


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